阪急2800系 4 車体塗装

10月の終わり頃から、やっと車体側面の塗装を始めることができました。しかし、側面の塗装は床下機器と違って、車輌のイメージを決めてしまうので大変で、エアブラシでフラットに塗るのはむずかしいですね。

予備の中間車を使ってかなり練習しました。エアブラシ塗装、窓枠塗装、削り出しを試行錯誤しながら、何度も塗装しては剥がすという作業を繰り返しました。それでも思い通りの仕上げにはなりません。しかも、練習が中間車だったために、先頭車両の塗装に入ってからは、根本的問題が組み立ての拙さにあることがわかりました。

まだまだ他のキットの買い置き在庫があるので、今から組み立てに戻る気はなく、初めての真鍮キット製作の記念として残して、走らせながら、今後の勉強・反省材料とします。

塗料は定番のマッハ模型・阪急マルーン(59A)を使いました。練習作業で決まってきた塗装方針は、1.下地塗装をしないこと、2.手で仕上げる方法をできるだけ少なくすること、でした。

1.下地塗装をしないと、塗料の密着性が低下するのはわかるのですが、金工での塗装経験や、実際に練習していると、600番くらいのペーパーで表面処理しておけば、下地無しでも十分に塗料が密着することがわかりました。それに、上塗装を失敗したときに、下地塗装をしていると、一部を修正するのがむずかしく、全体の塗装を剥がす必要があることでした。これは下地塗料を選べば解決するのかもしれませんが、次のキット製作での課題としておきます。

2.ちょっとやそっとでは習熟しない手仕上げを少なくするために、扉の一部を塗装前にマスキングするなどで対処しました。塗装後の削り出しをやめたのは、削り出しの練習でどうしても失敗してしまい、その時に気持ちが大きく落ち込むからです。洋白の扉の一部は細いマスキング・テープ(0.4mmと0.7mm)で洋白の地を出し、窓枠パーツのない窓枠の塗装は簡単な用具を作って、失敗を少なくしました。

3. ラッカーを厚く塗る必要があるようですが、それはもっと練習しないと無理そうなので、テキトーにして、トップコートで仕上げます。

車体側面の塗装はだいたいこんな順序でやりました。まず、屋根と扉の一部をマスキングします。

エアブラシ用の希釈率は塗料1、シンナー2、乾燥を遅らせるリターダーシンナー少し(0.5)くらいです。

初めての車体塗装をした結果です。

遠目では問題なさそうだったのですが、手元でじっくり眺めると、ホコリがわんさと付いていました。最初の失敗の原因は、下塗りのミッチャクロン・マルチを塗ってからしばらく放置していたためです。ミッチャクロン・マルチは乾燥後も粘着性があるので、ホコリが付きやすいようですね。その後は下塗りをやめて、全体に600番のペーパーをかけるだけにしました。

ホコリが大敵だというのがよくわかりました。どうしてもホコリが入り込んでしまうので、気付いたら乾くまで待って、ペーパーで水研ぎして再開という手順が頭に入るまで、しばらくかかりました。

エアブラシは最初、0.3mmのノズルを使っていましたが、うまく調整できなくて、1両を塗装するのに30分以上かかってしまいました。腕が疲れるので、0.5mmのノズルに替えたら、かなり作業が捗りました。その後はそれなりに使い分けができるようになりました。

ともかく、塗装すると、組み立て作業の拙さがモロに表れてきます。特に、先頭車両のお面や妻面と胴体との接合部が目立ちます。塗装した後に水研ぎして、厚塗りをしても、すっきりとはならないものですね。このあたりが一番の問題点です。次からは組み立ての仕上げをがんばることにします。

多くの回り道を経て、何とか、車体側面塗装を終え(たことにし)ました。

マッハ模型で聞いたときは、4両で塗料1缶くらい必要ということで、余裕のために3缶買っておきました。練習を含めて延べ12両以上塗って、2缶半くらいでした。全体に薄めだったようです。

事前に塗装ブースを導入しておいたおかげで、溶剤の臭いに悩まされることなく、マスクを使う必要もなく、楽しく作業ができています。缶スプレーだと少し吹き返しが起こりますが、エアブラシだと問題はありません。パスカルが後ろで作業の終わりを待っていることもありますが、犬でさえも部屋の臭いは気にならないようです。ひょっとしたら、パスカルがシンナー好きなのかもしれませんが。

段ボールで内枠を作ってあります。窓外への排気口はベニヤ板で作って、使うときに窓枠にはめ込みます。天候と気温を気にしないで遊べます。上に置いているのは定番の食器乾燥機です。塗装を終えたら、食器乾燥機に入れています。

側面塗装の合間に小物の塗装を続けました。
先ずはクーラーの塗装です。下地はミッチャクロン・マルチ、塗料は「ねずみ1号」で、水性クリア(トップコート)で少し艶を出しました。

次は重要な窓枠です。阪急のアルミ窓枠の雰囲気に似た塗料をいくつか試してみて、Mr. COLORのスーパーメタリック(スーパーファインシルバー)が好みに合いました。

窓枠パーツをエアブラシで塗りました。

しかし、窓枠パーツは側面と制御車正面があるものの、扉、妻面、乗務員扉の窓はありません。そこで、パーツのない窓枠を削り出しで仕上げる練習をしてみましたが、どういう道具を使ったらいいのかよくわからず、小さなドライバーなどで試してみましたが、うまくいきません。それで簡単な治具を作ってみました。真鍮の切れ端の先をヤスリでL型に削って、刃を付けました。

この治具を窓の内側に入れて使うと、外にはみ出さずに削ることができます。ただ、妻面の窓や乗務員扉の窓枠で削り出しをすると、真鍮の金色になってしまいます。結局、窓枠パーツと同じ塗料で塗ることにしました。

こういう窓枠塗装には烏口が使われるらしいので、古い烏口を見つけ出して練習してみました。しかし、削り出しの練習と同様に、烏口が外側にはみ出してしまって、車体塗装の部分直しが頻繁に起こることがわかりました。これは精神的に良くありません。いろいろ考えた結果、烏口に細い真鍮線をハンダ付けして、外にずれるのを防止してみました。

これはかなり効果的でした。烏口が窓枠の外にずれることはなくなりましたし、窓枠の内側側面も同時に塗装できます。不器用で未熟な者にとって治具は不可欠ですね。それでも失敗はしますけど、失敗の頻度は激減しました。結果です。

よく見ると小さなはみ出しがありますが、まあ、こんなものとします。

さて、屋根上塗装に入ります。
屋根上の雨樋部分から車体側面をマスキングしますが、このマスキングで塗装が剥がれないかがちょっと心配でした。

最初の車輌はちょっとテカテカになりました。これが本来のラッカー塗装だろうと思いますが、屋根としては好みではないので、後で処理します。マスキングによる塗装剥がれは少しだけでした。

次は屋根の穴埋めをした車輌で、デコボコが見えたので、修正再塗装の準備です。前後に使っている阪急電車マスキングテープは友人からもらったもので、ちょっと記念に使ってみました。

何とか屋根上塗装が終わりました。

扉の窓枠塗装とマスキング結果です。やはり塗装は薄い感じですが、トップコートで光沢を出したいと考えています。内部は塗装しないので汚いままです。仕上げで紙の壁を貼り付けます。

少しタッチアップペイントが必要な箇所がありますが、今後の仕上げ過程で傷つく可能性が高いので、仕上げのトップコートを塗る前に補修する予定です。

床下回りの作業です。
制御車4両の先頭床下に使う連結器と胴受けを塗装しました。連結器(カプラー)は手持ちではKADEEの58番がぴったりでした。

取り付け前にカプラーの下に延びている金属棒(マグネットで開閉するための棒)を切り取りました。その他の連結(下の写真左2つ)はエンドウのドローバー(draw bar)で、塗装無しです。

KADEEのカプラーは必要になりそうな型番を揃えていますが、58番は8両分の手持ちがなかったので、中間はエンドウのドローバーを使いました。このドローバーは10両分(20個)が税別2200円で、KADEEのカプラーは4個入りがアメリカ通販で$3.39ですから、税金・送料を考えると、どちらも1両あたりのコストは同じくらいですね。車輌の連結・切り離しはKADEEカプラーのほうが楽です。

大阪向き先頭車両です。

京都向き先頭車両です。

よくわからないのは、実物の資料写真を見ていると、大阪向きと京都向きでホースの配置が逆になっているので、そのように作りましたが、どうしてなんでしょうね。このままだと、両端の先頭車両はいいのですが、4両ずつの連結部分では配置がぶつかってしまいます。そこは分けるべきでした。ま、見えないからいいか。それにしても、相当な厚塗りになっていますね。

床板に胴受けの足が入る穴がありますが、カプラーのケースと干渉するため、大阪向けは胴受けの足を切って、カプラーのケース前面に接着剤で固定し、京都向けはカプラーのケースを削りました。京都向けも足を切るほうがすっきりしそうです。

一応、KADEEの基準器で高さを合わせています。

動力車にモーターとウェイトを取り付けました。モーターが大きいので、床下機器をかなり薄くしているのがよくわかります。

横から見ると、こんな感じです。

これで床下は終了です。

これから仕上げの作業に入りますが、仕上げ作業がまた大変そうです。今年中に完成と考えていましたが、とても無理ですね。

(続く)

阪急2800系 3 塗装準備

仮走行テストが終わったので、塗装前の最後の準備段階に入りました。

小物の準備が続きます。
先ずは幌の組み立てです。単にハンダで接合するだけです。

幌を車体にハンダ付けすると塗装が大変なので、塗装を終えてから接着剤で取り付ける予定にしています。

前面に取り付ける種別・行き先表示板です。

裏にフック受けを取り付けてみました。これが前に2枚並んでいるのが京都線特急の特徴でした。最初の1枚のフック受けはちょっと斜めになりましたが、まっすぐにフックに入るのでOKです。

4枚、すべてバラバラです。

でも、表に違いはありません。

先頭車両の連結器横にある配管パーツ(ジャンパー栓など)が不足していたので、閉まっている栓は樹脂でコピー、延びているホースは別のパーツで作りました。下の4つは連結器周りの胴受というパーツです。

9月27日、塗装前の車輌を眺めていたら、先頭車の一両の正面がずれていたので、バーナーでハンダを溶かして、お面を外しました。

修正したつもりですが・・・。キサゲがもう少し必要かな?

窓枠などのパーツをマッハ模型のブラスクリーンで洗浄したら、ピカピカになりました。

金工でブラスクリーンを使ってみて、真鍮はあんまりきれいにはならなかったのですが、これはきれいになりました。

車体内部の塗装をどうしようかと悩んでいたのですが、基本は塗装せずに、内装を紙で作ることにしました。そこで、久しぶりにクラフトロボ(CraftROBO CC330-20)を引っ張り出しました。

10年くらい前に、紙で南海電車(2001形)を作ろうとしてクラフトロボを購入し、切り抜きと組み立てまで進みましたが、そのままになっているのを思い出しました。いずれ真鍮模型が終わったら、再開するかもしれません。クラフトロボは現在、シルエットカメオ3という製品に替わっているようです。

クラフトロボに入れるCADデータ作成には、これも10年近く前の版のコーレル・ドロー(CorelDRAW X4)を使います。スキャナーで車体の写真を撮り、必要な線を書き込んでいきます。実寸で調節(0.1mm単位くらい)できます。その図面をdxf(AutoCADのファイル形式)で保存すればクラフトロボで読み取ることができます。

コーレル・ドローとクラフトロボの組み合わせによって、切り抜く失敗を考えずに作業できるのはとても気楽です。手先が不器用な人間には必需品ですね。

クラフトロボCC330-20はとっくに廃版になっていますが、ソフトは今でもダウンロードできたので、インストールして、いろいろと切り抜いてみました。切り抜いた中には、窓枠塗装のマスキングに使ってみようと考えているものもあります。

車体の内装の上を一部だけ切り取っていますが、これは側面の種別表示板を貼り付ける場所です。これは後でハサミで切り取るので十分なのですが、クラフトロボに任せました。

側面の種別表示は次のようになっています。試作中の印刷見本を裏からあてがってみました。

この当時の側面表示は「特急」「急行」「準急」のどれかが点灯する方式でした。もちろん、特急に固定して、OHP用のシートに印刷するつもりです。サイズ合わせ用に印刷したものです。

10月に入って、使用する塗料の確認を始めました。車体と床下はマッハ模型の定番塗料(ラッカー)を使いますが、木目模様の内装色は紙への塗装なので、室内写真資料を参考にして、手持ちの2つの塗料(ウッドブラウンとクリーム)をミックスしてみます。

10月15日、やっと、塗装を開始しました。エアブラシの練習という意味もあって、床下を塗装してみました。ミッチャクロン・マルチをスプレーしてから、マッハ模型の「阪急床下」を塗りました。

床下機器の一部は樹脂コピーなので、マッハのラッカー溶剤で溶ける可能性があるようですが、下塗りのミッチャクロン・マルチでOKでした。

塗っている途中で、先頭車両のジャンパー栓取り付け忘れに気がついたので、エポキシ系接着剤で取り付けました。白い樹脂の付いている車輌は手製パーツです。先頭ではなく、連結部に配置します。胴受は先に固定するとカプラーが入らないので、カプラーを取り付けてからはめ込みます。

塗装を終えました。

台車の塗装をしてみます。台車を分解して、裏面の車軸とマクラバリ取り付けの穴をマスキング・テープでふさぎました。

全部を一挙に塗装することにしました。日光モデルの台車は黒のラッカーで塗装されているようなので、下塗り無しで、ラッカーを吹き付けます。こちらは塗装前の表側です。

テープで固定しておこうかと思いましたが、手間省きで、木ぎれに載せただけだったので、エアブラシで吹き付けるとクルクルと回りました。やはり、手間省きはよくありません。でもまあ、何とか表裏共に塗装を終えました。

塗装した台車に車輪を戻し始めて、車輪の側面がピカピカに目立つのが気になりました。購入した車輌の場合は気にならないのですが、こうやって作っていると気になるものですね。

手間ですが、車輪の外側だけを塗装することにしました。軸先と踏面以下をマスキングし、簡単な塗装台を作って作業しました。この塗装台はひっくり返すと逆側を塗ることができます。

台車と車輪の塗装が終了して、これから車輪の軸先と台車の軸受けの整備をすれば、床下工作は終了(のはず)です。

車体の加工が残っていました。先頭車両に「渡り板」をハンダ付けして、貫通扉の取っ手を取り付ける穴を開けました。相変わらず、穴が同じ位置にはなりません。まあ、見えるのは一つだけなので、気にならないでしょう。運転室横の乗務員扉の取っ手は省略します。

そろそろ車体の塗装に入ることができそうです。

(続く)

阪急2800系 2 仮走行

9月に入って涼しくなりました。家で模型工作遊びよりも外に出るほうが楽しそうになってきたので、しばらく作業を休もうと思っていました。でも、毎日、少しだけでも進めないと終わらないと思い、チビチビと続けるようにしています。

屋根上の冷房装置(キセ)に手すりを取り付け始めました。少しずつ進めていきました。

この作業も穴あけと同様に、一日に数個しか根気が続きません。1週間ほどかかりました。

手すり取り付けが終わったら、別の作業がありました。パンタグラフを取り付けるための小さなパーツ(パンタ台)が不足しているので、シリコンで型取りをして、レジン樹脂でコピーします。型取りは久しぶりの作業です。型枠に並べました。

シリコンを入れました。少量というのはむずかしいものですね。シリコンが汚く見えるのは、塗料に使ったスポイトを再利用したからです。

シリコンの型を2種類作って、レジンを入れましたが、あふれてしまいました。ピンを刺しているのは、型が薄いので、反ってしまうからです。もっと厚く作るべきでした。

取り出して、切り離すところです。

同じような作業の続きとして、座席を作っておきます。窓の配置に合わせて座席の間隔を調節して、これもレジンでコピーします。

型枠に置きました。座席を横に倒したほうが、レジンを取り出しやすかったような気がします。

シリコンを入れました。

型ができました。

この型にレジンを流し込んで、取り出します。

これで1両分です。レジンを入れながら爪楊枝でツンツクするのですが、あせってしまって、液が流れ込まなかったり、泡が入ったりしました。
1両分で1時間くらいはかかるので、1日2両分くらいのペースで、11両分を作りました。レジンがはみ出しているところを切り取ったところです。

歩留まりは7割くらいですね。まあ、なんとか8両分ができたので、ベルトサンダーで裏を薄くして作業完了です。途中で型のシリコンが割れてしまいましたが、ブロックの型枠を使うので、大きな失敗にはなりませんでした。

座席ができると、さて、方向を京都向きにするか、大阪向きにするかが悩むところです。終えてから気がつきましたが、端っこの座席は内側向きの固定になっていました。まあこれは仕上げの段階で対処できます。

細かなパーツ製作作業が一通り終わったので、床板に台車を取り付け、車体を載せて線路に置いてみたら、車輌の高さが違うことに気がつきました。

調べてみると、バラバラに購入したキットなので、台車を取り付けるマクラバリ(枕梁)のスペーサーの厚さが違いました。上の写真で左側の背の高い車輌のスペーサーは3mm、右の車輌は2mmでした。こういうプラスチックのパーツです。

手元にあるのは2mmが4個(2両分)のみで、残りはすべて3mmでした。3mmを削ろうかと思いましたが、劣化しているのが多く、簡単そうなので自作します。厚さ1mmのプラバンを穴抜きポンチで丸く抜きました。直径は10mmと6mmです。

直径10mmを2枚重ね、6mmを上に載せて接着して、写真中央の厚さ2mmと同じ形をつくります。

中央に2.5mmの穴(2.3mmくらいがいいのですが、手持ちのドリル刃がなかった)を開けたら出来上がりです。少し中心位置がずれているようですが、まあ、支障はないことにしましょう。

だいたい高さが揃いました。ただ、これでも全体に少し高いような気がします。厚さは1mmでいいかもしれません。いずれ、カプラー装着などの下回りの動き方を見ながら、再度、スペーサーを調整することにします。また、横から白いスペーサーが見えるので、いずれ塗装します。

そろそろ、走行チェックをしてみようと、動力車にモーターを取り付けました。このモーターは手持ち(レール・カーから外したもの)で大き過ぎるかもしれませんが、8両編成を走らせる体力があるかもしれないという期待がありました。駆動方法はエンドウのMPギアを使っています。

床板が傷だらけですねえ。穴はモーターや床下ウェイトを取り付けるものと、無駄に開けたものとが並んでいます。
DCCデコーダーはESUのLokPilot(サウンドなし)を取り付けます。

とりあえず、デコーダーに線路からの電源入力と、モーターへの出力だけを配線して、絶縁用にデコーダーをビニール袋に入れて車体を被せます。

初の動力車試運転です。モーター車は中間動力車の予定なのですが、車体は梅田向き先頭車を載せてみました。動画は音が出ます。

1両での走行は悪くありません。走り出しで少しノイズが出ますが、これはMPギアの音でしょうか。いずれ調整できればすればいい、という程度です。この動力車は少し背が高いようで、スペーサーも調整が必要なようです。

そろそろ、気分としては、初めての塗装の準備をしたいのですが、以前から気になっていたテストをやらなくてはなりません。本当に、1個のモーター動力車で8両の真鍮車輌を走らせることができるのか、という問題です。

聞くところによれば、真鍮車輌の場合は4両に1両は動力が必要だそうですね。実際、手持ちの古いカツミ製の20系寝台車(ブリキ製)を6両以上連結させると機関車が空転していました。その対策のために、最後尾になるカニ21に「影武者」としてモーターを組み込んでいます。

テストのために、床板に台車を付けて、8両すべてをレイアウトに載せてみました。冷房装置も載せてみたので、これ以上の車両重量増加は窓枠と内装のプラ座席くらいでしょうか。

動力車は写真の一番前で、一つだけ試しにカプラーを付けています。他の車輌にはどれもカプラーを付けていないので、動力車で最後尾から押していくだけになります。一部、車体同士がくっつきますが、細かい金属パーツは壊れないでしょうし、カーブの半径が大きいので、脱線はしないでしょう、という楽観的な見込みです。なお、下回りと車体との組み合わせは単に置いていった順番なのでデタラメです。

スタートさせました。音が出ます。

心配は杞憂のようで、動力車のスリップもなく、スムースに走行を開始しました。当レイアウトには勾配はほとんどありません。一部、橋梁が少し高くなっている程度なので、問題なくレイアウトを1周してきました。そこで、かなり速度を上げて走らせてみました。現実時速100km以上でしょうか。先頭車両は押されて少し離れてしまっていました。カプラー無しの状態での高速走行テストは少々無謀でした。

テスト結果として、動力車1両で問題はなさそうです。使っている台車はすべて日光モデルのFS345で、6両がピボット軸(車輪の軸先が尖っている摩擦の少ないもの)で、2両がプレート軸(尖っていないもの)になっています。プレート軸を選んだのは、動力車MPギア用で、2両必要かもしれないと考えていたからでした。

走らせてみると、音も含めて、列車が走行する全体の雰囲気がやはり楽しいですね。技術がないのに細部にこだわるよりも、確実な走行を目指すのが一番と感じました。また、20系寝台車の車軸を整備すれば、影武者動力が不要になるのではと期待してしまいます。

これで一安心で、塗装作業の準備に進むことができそうだ、と思ったら、幌や下回りのジャンパー栓の取り付けなどがまだでした。細部にこだわっているような未練もあるわけです。

以上、9月18日までの作業でした。

(続く)

模型の線路

2017年9月1日

鉄道の線路は、レールと枕木だけではなく、枕木を支える道床(主に砕石)と、その下の路盤までが含まれます。模型も同じで、路盤をレイアウトに作って、その上に道床と枕木とレールを載せることになります。でも、ふつうに線路と呼ぶ場合は、レール+枕木(+道床)だけを指すことが多いようです。

鉄道であるからには模型でも金属製のレールは不可欠です。現代の実物のレール形状は軌間(ゲージ)とはあまり関係なく、世界的に高炭素鋼で作られた、次のような断面の「平底レール」が使われています。

平底レール断面

レールは通過車両による負荷に合わせて大きさ(主に高さ)が違い、1mあたりの重さで区別されています。たとえば、JRの新幹線、一部の在来線・一部の私鉄は60kgですが、多くは50kg以下のようです。本州の初期の鉄道はイギリス製の60ポンド(約30kg)、北海道の開拓鉄道ではアメリカ製の30ポンド(約15kg)、いずれも「錬鉄」製のレールが使われたそうです。

レール集電の電動模型のレールは、加工が容易で導電性の高い洋白(洋銀:ニッケルシルバー)、真鍮(黄銅:ブラス)、アルミなどで作られています。中には鉄もあります。レールは金属製ですが、枕木や道床はほとんどプラスチック製です。

HOゲージ以下の模型線路は、道床と枕木にレールが固定された道床付き線路と、道床無しで枕木だけがレールを固定している線路、レールだけ(日本のショップではほとんど見かけませんが)、という分類で販売されています。1・Gゲージになると、枕木付きレール、レールだけ、枕木だけの市販製品はありますが、道床付きは見たことがありません。

なお、ここではゲージを軌間とし、模型の縮尺はスケールと表現しています。

Nゲージ
軌間は9 mm(0.354インチ)で、世界的に統一されています。下の写真は手持ちのNゲージの線路で、すべて日本製です。左2つは30年以上前のもので、左端がエーダイ・ナイン(1980年に廃業)、2 つめがTomix(今は形状が変わっている)です。これらは処分せずに残しているだけで、使っていません。右2つは当模型鉄道で使っているKATOの製品です。右端は道床無しで、自由に曲げられるフレキシブル線路で、コルクの道床を敷いて曲線部分に使っています。KATOの線路は海外でも販売されていますが、枕木の色が黒というのは気になるところです。

N tracks

上の写真の右から2番目、KATOの道床付き線路の連結部分です。レール形状は、首の細いところはありますが、頭がやけに縦長で、平底レールの雰囲気はありません。

N kato

実物の60kgレールはJIS規格で高さは174mmです。アメリカ、ヨーロッパも同じような規格です。KATOのレールの高さを測ると2mmほどあります。この高さは後述するHOのコード83と同じです。Nゲージの縮尺は1/148~1/160ですから、150倍で高さ30センチの巨大レールということになりますので、気にする人は気にする話題です。

日本のシノハラはNゲージ(フレキシブル)ではコード60と70を出しており、米国のアトラス(ATLAS)にはコード55、65、80の3種類が区分されていますが、いずれも使ったことはありません。また、レールの下部を枕木部分に埋めて、見える高さを低くした線路も海外では市販されているようです。

HOゲージ
HO(1/87)も日本の16番(1/80)も軌間は同じ(16.5 mm=0.650インチ)です。手持ちのHOゲージの線路は6種類あり、当模型鉄道ではすべてを使っています。まあ、統一感がありませんが、購入の歴史があって、使わないのはもったいないし、色を塗れば違いは目立たないと思うようにしています。

並べてみます。左端がバックマン(Bachmann:香港・米国)の道床付き線路、左から2つめはアトラス (ATLAS:米国)の橋キットに付属の道床無し線路、3つめはメルクリン(Märklin:ドイツ)のKトラックという道床無しの線路、4つめはメルクリンの道床付きCトラック、5つめ(右から2つめ)はエンドウ(日本)の道床付き線路、右端はシノハラ(日本)の道床無しフレキシブル線路(コンクリート枕木仕様)です。フレキシブル線路は扇形庫周辺に使っています。

HO tracks

当模型鉄道HO(2階部分)の複線周回レイアウトの曲線部分は外側にメルクリンのCトラック(橋の直線部はKトラック)、内側にエンドウの道床付き(橋の直線部はアトラス)を使っています。

メルクリンの曲線(型番24912)の半径は1,114.6 mm、エンドウの曲線(型番1104「ポイント調整用曲線」)の半径は1,085mmなので、メルクリンを外側にすると少し調整するだけでなんとか複線にすることができます。同一半径の道床付き曲線線路を複線にするのは加工が結構むずかしいし、最初はメルクリンの車両も走らせたかったので、このような配置になりました。

これ以上の曲線半径を作るにはフレキシブル線路を使うしかありませんが、最初に作ったレイアウトが組み立て式で、その路盤を現在の固定式レイアウトにも使ったので、そのまま利用しています。一応、曲線部には道床の外側に1mm弱の厚紙を敷いて、カントを作っていますが、緩和曲線はありません。

模型のレールをよく見ると、レールそのものにもサイズ(高さ)の違いがあります。前に書いたように、実物の60kgレールの高さが174mmとすれば、HO(1/87)なら2mm、16番(1/80)なら2.175mmになります。

模型の線路はコード(code)という単位(インチのパーミル:1,000分の1を1とする単位)で高さが表現されていて、HO用では、コード70(高さ0.070インチ=1.8mm)、コード83(高さ0.083インチ=2.1mm)、コード100(高さ0.100インチ=2.54mm)あたりが市販されています。

これらはアメリカやヨーロッパの鉄道模型愛好家の任意団体によって規格が制定・推奨されて、その規格に基づいて欧米のメーカーは作っていますが、日本にはそういう団体はありません。また、レール製造が中心のシノハラやPeco(英国)以外のメーカーはあまりコードを明示していないようです。

多く使われているのはコード83と100です。HO(1/87)だとコード83、日本の16番(1/80)の幹線だとコード83か100、ローカル線だと83か70でしょうね。でも、このあたりは好みの問題です。本気でスケール感を重視すると、1/80でJRなどの狭軌(1,067mm)では軌間13mmの線路(マイナーですが、シノハラやIMONから市販されています)になるでしょうから、いろいろと大変ですね。

レールの高さで定義されているコードですが、実際には、レールの頭の幅や形状もメーカーによって異なりますし、枕木の幅と高さ、道床のデザイン・質感などを総合すると、見た目はかなり違います。スケール感重視で、繊細な具象的レイアウト・ジオラマを作る方は気にするのでしょうね。

異なった種類の線路をつなぐのは、異種レールをつなぐジョイナーをセットしたり、ヤスリでレールを少し削ってレール上面を合わせるなど、それなりの手当てをしておけば、走行にはまったく問題はありません。当模型鉄道では、道床の仕上がりや幅が違うのは塗装でごまかし、道床の底からレール面までの高さが違う場合は下に厚紙を敷いて調整しています。

そんなミックス線路状態がよくわかる写真があります。HOのヤードの配置を考えていた頃(2013年)のスナップです。

手前のヤードの切替はバックマンの分岐器(ターンアウト)で、その前後はエンドウです。その先にはメルクリンが続いています。そして、右上に写っている周回複線の外側(メルクリン)と内側(エンドウ)の間に片渡り線を設けています。外側からメルクリンの分岐器、内側からはバックマンの分岐器で連絡させています。

この時期はまだメルクリン車両の走行に執着していて、二線式と三線式をスイッチ回路で実現していました。メルクリン車両は外側のみの走行で、内側に入ることはできませんが、二線式車両は外側に渡って走行できます。もちろん、メルクリン車両と二線式車両を同時に同じ線路上に置くことはできません。

メルクリン車両をあきらめて、すべてを二線式にしたら、自由に分岐器を配置することができました。アメリカのショップでバックマンのDCC組み込み分岐器が格安だったので、すべてバックマンの分岐器になりました。

現在のヤード付近です。周回複線には渡り線を廃止(渡り線は駅構内に設置)したし、全体に塗装したので、異なったメーカーの線路の違いはわかりにくくなっていると思います。バックマンの枕木が黒なので、この程度の簡易塗装では無理ですけど。

レール形状の違いを眺めてみます。
メルクリンの連結部分です。道床付き線路Cトラックの連結部分は複雑ですが、カチッとピッタリはまります。これはメルクリンならではの気持ち良さです。お座敷レイアウトなどでの組み立て・分解がとても楽で確実です。レールの頭部分は丸い感じです。レール高は実測2.3mmでした。なお、実測には誤差があるかと思います。念のため。

HO marklin1

メルクリンの線路独自の特徴として、KトラックにもCトラックにも枕木中央部分に突起があります。メルクリンの線路は左右2本のレールが電気的につながっていて、中央の突起と両側のレールとで給電します。そのため、メルクリンの動力車は台車の底に集電装置が付いていて、線路中央の突起と接触するようになっています。

HO marklin2

当模型鉄道では、二線式に対応させるために、2本のレールがつながっている部分(道床の裏側)を切り離して、左右のレールを独立させています。

メルクリンは一時期、枕木・道床が透明プラスチックのCトラックを販売していました。ジオラマ的レイアウト用とは言えず、ディスプレイ・ケース用に使うとオシャレな感じで、色を自由に塗ることもできるし、下から照明を当てて楽しむこともできるようです。もうメルクリンのサイトでの商品検索には出てきませんが、今でも在庫品販売は多いようです。例えば、Märklin 20197(188mmの透明)だと普通のCトラック24188と同じくらい(ドイツのショップで€3前後)です。

次はエンドウの連結部分です。塗装した線路なので汚く見えますが、レールの頭はくっきりと、きれいな平底レールの形状になっています。レール高は実測2.5mmだったので、コード100ですね。

HO endoh

シノハラのフレキシブル・レールです。これもきれいな平底レールの形です。シノハラは海外でも多く使われているようで、コード83と100の2種類を出しています。コード83は実測で2.09mm、コード100は2.48mmでした。

HO shinohara

(追記:残念ながらシノハラは廃業となりました。でも、金型を引き継いだIMONがHOのフレキシブル線路を製作・販売することになりました。)

最後はバックマンです。レールの頭が三角おにぎりみたいですね。レール高は実測2.54mmでした。当模型鉄道で、バックマンの線路は分岐器すべてと、その他に少々使っているだけです。

HO bachmann

1・Gゲージ
1ゲージとGゲージはどちらも軌間が45mm(1.75インチ)なので、同じ線路で走らせることができます。スケール(縮尺)から言えば、45mmの軌間は実物1,435mm(5フィート8.5インチ)のほぼ1/32で、元来はメルクリンなどの1ゲージのサイズです。

最初に入手したのがLGB(Lehmann-Groß-Bahn:ドイツ)製のGゲージの車両と線路だったので、すべてLGB製ですが、一部、Aristo-Craft(米)製の分岐器を加えたところがあります。

LGBは真鍮製のレールです。

G LGB1

レールの断面です。

G LGB

さすがに、この縮尺だと、レールは実物に近い形状ですが、全体に太いですね。野外でも使える丈夫な線路です。LGBの縮尺はだいたい1/22.5で、レールはコード332に分類されているようです。実測した高さは8.5mmだったので、1/20くらいですね。

LGBでは直線線路の基本は長さ30cm(型番10000)ですが、長い直線を作る時に便利な60cmの倍サイズ(型番10600)もあります。1.2mの4倍サイズ(型番10610)もあるようですが、購入したことはありません。

札幌時代は長い直線区間のある折りたたみ式レイアウトだったので10600を使っていましたが、直線区間が短くなった現在はすべて30cmにしていて、60cmはしまい込んでいます。

60cmは継ぎ目の「ガタンゴトン」の音が少なくなるのが物足りないと思いましたが、25mの定尺レールの縮尺で考えれば1m以上が必要ですから、60cmでも短いわけです。ロングレールが当たり前の現代では、実際の列車がそれほどの頻度でガタンゴトンと振動すると乗ってられないでしょうね。乗っている場合と眺めている場合、そして実物と模型の関係はいろいろな側面が複雑に絡みあっていて、面白いものです。

曲線については、基本のR1(半径600mm)からR5(半径2,320mm)まであります。現在の3階建てレイアウトではR3(半径1,198mm)を使っています。Gゲージともなると、フレキシブル線路はありませんので、好みの曲線半径が欲しい場合はレール単体(1.5m)を購入して、ベンダーを使って曲げることになります。枕木は別に販売されています。

上の写真を撮るために出してきた箱には「Ridge Road Station」というなつかしいシールが貼られています。

これはニューヨーク州Holleyにあった大きな独立模型店です。日本でのLGB製品の販売価格があまりに高かったので、Gゲージを始めてからずっとLGB製品の通信販売で利用していました。店頭販売がメインの店で、サイトには買物カゴなどはなく、メールで見積もりを依頼して発注していました。担当者の対応がとても丁寧で、発送も船便・航空便を選ばせてくれました。10600の箱に貼られている当時(2004年頃)の価格シールには、1本あたり価格$9.99、セール価格$7.49となっています。残念ながら、2011年に廃業してしまいました。

縮尺1/32の1ゲージの製品を出しているメルクリンも線路を出していて、1ゲージらしく、すっきりした容姿ですが、そちらは使っていないので詳しいことはわかりません。このあたりはコード250でしょうが、ネット上のフォーラムでは、実測コードは205だと報告されていました。

メルクリンなどの1ゲージ車両を載せると、LGBの線路は少しオーバーサイズの感じですが、走行させていると気になりません。戸外の庭園鉄道として楽しむ人は、ゴミなどの対策としてコード332を使うことが多いようです。

阪急2800系 1 組み立て

20年くらい前に、真鍮模型のキット組み立てに挑戦しようと思って、HO(16番=1/80)の阪急2800系のキットを中古で買っていました。

車体キットは最近に廃業したらしい「ピノチオ模型」が製造・販売したもので、30年以上前の製品でしょうか。箱に入った4両と、箱もないバラの車両が5両、計9両です。

阪急2800系は京都線の特急用車両として1964年から1973年まで製造されていました。YS-11の製造時期と同じ頃ですね。1963年に河原町まで地下部分が延伸したことで、梅田から河原町までの特急車両を作ることになったようです。当時の阪急の名車2000系(神戸線)の京都線バージョン2300系をベースにした、特急らしい、2扉のクロスシート仕様でした。

梅田を出て、十三から大宮までノンストップで、5両編成で始まり、最後は8両編成にまでなりました。1971年から冷房装置が取り付けられましたが、1975年から6300系が投入されたため、1976年から格下げされて、3扉のロングシートに改造され、各駅停車でも使われるようになり、1980年代から廃車されていったようですが、札幌に移ったので詳しくは知りません。

2800系によく乗っていたのは1966年から1971年くらいですから、まだ冷房装置が取り付けられていない時代です。冷房が入ってからは数回しか乗っていません。ということで、模型も非冷房時代が望ましかったのですが、中古で安く手に入ったのは冷房改造後だけでした。

非冷房と冷房改造後との外観の違いは屋根上だけなのですが、模型は上から見るので、印象はかなり違います。非冷房のモニター屋根(屋根に一段アップした換気用屋根)は側面に細かいルーバーがあって、手作りはとても無理そうなのであきらめました。別の模型メーカーが非冷房の真鍮製キットを出しましたが、高価だったし、モニター屋根だけをパーツで売っていなかったので、これもあきらめました。

まあ、よく乗っていても、走っている姿は梅田と十三の区間で併走する神戸線から眺めたくらいだし、京都線の淀川橋梁は一段高いので、屋根上はどちらでもかまわない気分(酸っぱい葡萄反射?)です。ともかく、真鍮製のキット組み立てという作業をやってみたかったので、いろんな追加パーツも中古品で手に入れ、不足しているパーツは樹脂でコピーするか、テキトーに手作りをする予定でした。

購入してから15年以上が経ちました。大阪に戻って2年間はレイアウト作りを続けていましたので、2014年の夏に引っ張り出して、組み立てを始めました。以下は、初めての真鍮キット組み立てにもかかわらず、8両編成に挑戦するという無謀な製作記です。

真鍮のハンダ付け、余分なハンダを除くキサゲ作業など、いろいろと練習しながら、夏の3カ月で箱として組み立てて、屋根の雨樋や乗務員用の手すりも取り付けて、真鍮模型の作り方がおおまかにわかりました。完成品の電気系を改造するだけと違って、なかなか手間のかかる「しんきくさい」作業が必要ですね。

一通り、箱ができました。一部、小物パーツを取り付けています。

先頭車4両です。

ちょっとずつ作っていって、形になっていくのは楽しい、あるいは、癖になる、というのは金工と同じですね。金工は基本的に素材から作るスクラッチ・ビルディングですが、鉄道車輌のような工業製品の精密模型を素材から作る技術はまったくありません。

冷房改造後の2800系は4両で1セットになっているので、2セットの8両フル編成にする予定です。中間車が1両余りますが、これは失敗したときの予備の予定です。

梅田向きの先頭車両Mc(動力・制御車:屋根にパンタグラフが2つあって、片方に運転台のある車両)の屋根上を作ってみました。四角い穴は冷房装置用、小さな穴は無線アンテナ用らしく、キットの段階で開いていました。

2両ありますが、付属パーツは1両分だけでした。上のほうは付属パーツを使い、下のほうは真鍮板や洋白板をサイズ合わせした自作です。こんな程度だけ、スクラッチ・ビルディングの真似事です。屋上配管は少し違った方法になってしまいましたが、塗装して走らせたら、あんまり気にならないでしょう。(そうかな?)

床下機器はだいたい揃いました(一部コピー)ので、エポキシ接着剤で取り付けました。写真の左手前がモーターを載せる動力車ですが、真鍮製の8両を1両のモーター車で動かせるかどうかは、まだ試していません。

全体をうまく組み立てられたかどうかはよくわかりません。塗装してみればアラがわかるでしょうね。

以上が3年前の夏の作業で、この状態で箱に入れておき、そのまま忘れて、一昨年と昨年の夏は別の工作をしていました。

今年(2017年)の7月に入って、暑い大阪で恒例になった引きこもりを始めたので、夏休みの工作課題を決めようとしていて思い出しました。塗装にトライできるかな、と思いながら取り出して、集めた資料写真とじっくり比較してみると、塗装前にやるべきことがまだまだ残っているようです。中間車両の屋根上配管や手すり(屋根上と冷房装置)の取り付け、さらに前照灯・標識灯の加工などです。

今年の作業は、中間車4両の屋上配管取り付けから始めるのですが、その前に準備作業が必要でした。それにしても、真鍮をほったらかしにすると、かなり汚くなりますね。

あらためて、組み立てた9両すべてを上から眺めました。左側が先頭車4両(梅田向き2両と京都向き2両)、右側5両は中間車です。

冷房装置取付の穴を眺めていて、写真の中央にある車両(M:中間動力車)の1両だけ、位置が異なったパターンになっていることに気がつきました。右側の4つは広い等間隔(T:中間付随車)になっています。4両セットが2つなので、中間動力車が1両足りず、中間付随車が2両多いという在庫です。

そこで、余っている中間付随車の1両を使い、屋根の穴を真鍮板で埋め、別の場所に穴を開けて、中間動力車に変更しました。作業直後なので、白っぽく写っています。四角い穴は開けられないので、ドリルの丸い穴のままです。

上に冷房装置を載せてみました。

これで屋上配管の取り付けができます。屋根にマスキング・テープを貼って配管位置を描き、手製の固定道具に挟みました。

卓上フライス盤にアダプターを入れてドリル盤として使い、配管止めを取り付ける穴(0.4mm)を開けていきました。ハンド・ピースのドリルでやると、不正確だし、すぐに刃を折ってしまいます。でも、ドリル盤を使っても不正確になるのは経験の無さなので、仕方ありません。

3年前に作った先頭Mc車ではマッハ(大阪の模型店)製の配管止めを使いましたが、とても高くつくし、資料写真を見たら、単なる真鍮線でも良さそうなので、手間省き・安上がりの配管止めを作ります。初めての真鍮模型キット製作なので、キットに含まれないパーツについては、自分で感じる「雰囲気」が出たら十分です。技術がないのに、それ以上の精度を求めると、ブラック・ホールになって進めません。

溝を切ったアルミのLアングルに0.3mmの真鍮線を置いて、ペンチで押します。

これで幅2mmのフックができます。屋根上用に200個くらい、後で必要な冷房装置の手すり用として150個くらい必要です。

0.6mmと0.4mmの真鍮線を配管に使い、配管止めで取り付けていきます。3つくらい穴に入れたらマスキング・テープで固定し、裏からハンダ付けしていきました。配管を少し浮かせるために、愛用のチューインガムの箱を細く切って挟んでいます。この厚さがちょうどいい感じでした。

結果はこんな感じです。配管がちょっと細いように思いましたが、1/80の0.6mmは48mmですから、まあ、こんなものでしょう。

4両の屋根上配管ができた8両のセットです。配管止めが整然と並んでいませんが、雰囲気はこれで十分です。右端2両の京都向き先頭車Tcに配管はないようです。

ついでに、制御車(McとTc)4両の前方屋根上に手すりも取り付けました。こんなところは知らなかったのですが、資料写真を見た結果で、外観の「雰囲気」作りの一環です。ついでに、京都線特急の特徴である、前面にダブルで付いていた行先表示板を掛けるフックも追加しました。行き先表示板は入手していました。

こうやって並べてみると、屋上の手すりを取り付けた位置がバラバラですねえ。一番の問題は穴あけです。穴あけ位置が全体に同じになっていません。工業製品は同じ位置になっていることが基本なのですが、位置決めのツールを作らないとだめなんでしょうね。もう遅いですが。

作業のたびに、3年前に取り付けていた前面両脇のステップを触ってしまい、歪んでしまいます。何度かペンチで修正していますが、いずれ再取付が必要になるかもしれません。このあたりも、取付の順番が重要だと気付きました。これももう遅いですが、次の機会への引き継ぎ事項です。まだまだキットの買い置き在庫があります。

一通りの作業が終わったので、前照灯と標識灯の取り付け方法を考えてみました。側面の行き先表示は塗装後に考えていいのですが、前面の照明部分は塗装前に予定を立てておきたかったのです。

キットに入っている前照灯の枠は真鍮製で、穴は小さすぎて、周りは少し前にはみ出します。穴を少し広げ、前の部分を削り、後で白っぽい塗装をする、そして、1.8mmのLEDを少し削って内側から差し込む、という方法にしました。

前照灯にLEDをはめ込んでみました。まあ、こんなものでしょう。

次は、前面上部の左右にある標識灯です。すでに1.8mmの穴が開いています。キットに入っていたパーツは丸い金属板で、それをはめ込むだけなのですが、それを使わず、点灯させるようにします。

この標識灯は、先頭の場合には種別灯として両方(特急)が「白(電球色)」で点灯し、後尾の場合には尾灯として両方が「赤」で点灯します。このタイプの標識灯は5000系くらいまで続いていたようです。

2800系を自分で写した写真はありませんが、大阪に戻ってから京都線に乗ったら、2300系がまだ現役で走っていたのでびっくりしました。元の前面は2800系と同じでしたが、その後に改造されていて、標識灯があったところに種別・方向幕が設置され、下に種別灯と尾灯が別々に付いています。これだと模型にLEDを付けるのは簡単になるのですが、そういうわけにはいきません。

ともかく、白と赤が同じ場所で、方向によって色が変わるので、市販の完成品模型(Nゲージ)ではプリズムを使っているらしいのですが、そんな面倒なことはできません。1つの標識灯に白と赤の1.8mm LEDをくっつけることにしました。

前照灯にも使う1.8mmのLEDは10年前にドイツから取り寄せたときは1個1ユーロでしたが、最近は中国通販で100個が5~10ドルです。色も各種揃っています。失敗しても気になりません。よく折る細いドリル刃も中国通販を利用するようになりました。

阪急の標識灯は白っぽい金属(ステンレス?)の枠が特徴的なので、2mmのアルミパイプをドリル・レース(ドリルを旋盤のように使う)して、標識灯の穴に差し込み、その中に光ファイバーを通して、内側から白と赤のLEDをあてる、という方式です。LEDをプラ板で固定してみました。

テストとして、チューインガムの内箱を使って、赤を点灯させます。

次は白です。

何とかなりそうです、気持ちだけは。実現したら、DCCボードから前照灯と尾灯のケーブルをそれぞれに配線すればいいことになりました。

内部の艤装は塗装が終わってからですが、車内側のハンダ付け処理がきれいにできていないために、内側は塗装するだけでは済まないようです。窓枠は金属パーツが揃っていますので、その周りを紙かプラ板で埋めるとすっきりしそうです。天井と壁を試しに紙で作ってみました。

この貼り付けなどは塗装後の作業になりますが、内部を塗装する時の参考になりそうです。

手間な作業が残っていました。屋根上の冷房装置(のカバー=キセと呼ばれています)に手すりを4つずつ取り付けます。
1つだけ試しに取り付けてみました。

0.4mmの穴を2mm幅で開けて、0.3mmの真鍮線で作った手すり(屋根上配管止めと同じ)を挿入し、裏から瞬間接着剤で止めます。0.3mmの穴で0.25mm以下の真鍮線が良さそうですが、工作能力の限界を超えます。

屋根上配管止めの穴を開けるのは薄い真鍮板なので比較的楽でしたが、キセはホワイトメタル(錫と鉛の合金)で作られていて、柔らかくて手間でした。斜めになっている部分なので、すべてを同じ位置に開けるために、木ぎれで簡単な固定枠を作りました。やっと位置決めツールを考えるようになりました。

この枠をドリル盤のバイスに挟んで、キセを入れると、斜めの位置がほぼ水平になります。

2つの穴の位置はキセを指でスライドさせます。結果はOKです。

結果はOKでしたが、慣れない手つきで30個以上に施すのは、とても手間でした。ドリル刃がどんどん折れました。不用意に刃先に触れてしまったり、キセの表面処理が悪かったりで、中国通販で10本入りを買っていたのですが、途中で追加注文をしておきました。追加が届かない状況で、最後の1本になりました。穴を開けるたびに切りくずを掃除して、刃先にオイルを付け、ゆっくり穴を開けていく、というペースで何とか終えることができました。9本折って2/3が終わり、最後の1本で残りすべてを終えました。一日に5個くらいをやると、イヤになるので、1週間ほどかかりました。

穴を開け終えたキセ30数個と、折れたドリル刃9本です。

すべてのキセに手すりを取り付けていくのも、けっこうな手間になりそうです。これが終われば、全体を組み立てて走行テストをするか、最終の磨きをして塗装に進むか、ですが、まだ予定は立てていません。暑い7月・8月と続けてきたので、しばらく休憩です。

(続く)

HOトンネル内壁

以前に1・Gのトンネルの内壁を作って、車両搭載のカメラによる動画を楽しんでいます。車両搭載のカメラによる動画はレイアウトの不備チェックになり、整備のポイントを知ることもできます。でも、HOはそのままになっていました。

FPV(運転席カメラからの無線中継)の検討も続けていますが、その意味でも、トンネル内壁を作っておく必要があります。いずれ、無線で映像送信という場合でも、電波を遮らないために、紙で作ることにしました。

現状のトンネル内部です。入口のポータルから窓の一部や棚の支えが丸見えです。

内部の中央付近です。

出口付近です。

これらの写真はビデオ映像からの切り抜きです。ビデオを写した車両はこういう構成です。

押している機関車はF40PHで、前の貨車は半世紀以上前に買ったカツミのブリキ製品です。無蓋貨車にSONYのHDR-AZ1という小型カメラを載せています。AZ1は生産終了になりましたが、とても小さくて、Nゲージにも使えそうです。1・Gなら、運転席に載せることができます。wi-fi機能がありますが、とてもFPVを実現するほどの送信出力はありません。

トンネル内壁の素材はボール紙です。
1・Gと同様に曲線部分のトンネルなので、天井を円くするのは面倒です。今回は安直に四角にしてしまいます。できるだけ継ぎ目を少なくして、パテ塗りなどを省こうという計画です。

HOの曲線部分に使っている基板に沿って天井を切り出し、側壁はトンネル・ポータルの高さ(+糊しろ)に合わせます。

側壁に天井を貼る切り込みを入れていき、それに天井を貼り付けます。

側壁の下側に補強の紙を貼り付けました。下に置いているのが曲線部の基板です。

置いてみました。だいたい予想通りです。

これを2つ作って、つなぎ合わせました。トンネル・ポータルの形に沿って、すこし天井を円くしました。内部チェックのカメラ列車が待機しています。

横のカバーを閉じてから、チェック走行したカメラ列車の動画です。音が出ます。

だいたい、滑らかな壁が写るようになりました。音がトンネルらしく、くぐもって聞こえています。
逆方向の動画です。これも音が出ます。

少し光の漏れがあること、つなぎ目がわかること、出入口のポータルと内壁とのズレがあることなどが気になりますが、いずれ補修する予定です。

 

レイアウト監視カメラ

2017年6月3日

三段構造のレイアウトは、一番上のNゲージ以外、なかなか見通しが利きません。いろいろと考えつつ、昨年(2016年8月)、しまい込んでいたCANONのビデオカメラHF11を取り出して、俯瞰映像を眺められるようにしました。

これはチェック中の写真ですが、三脚では俯瞰映像は無理なので、手作りのショーケースの上に取り付けてみましたが、写したい場所に向けるのはとても手間です。

そこで、Bescorの電動台座を購入してみました。これはアメリカ通販です。パスカルがニオイを嗅いだ後、トコもチェックに来ました。

この台座は有線リモコンで左右上下に動きます。取り付け板の工作をして、ショーケースの上に取り付けました。映像モニターとしては小さめの古い液晶テレビを運転制御台の上に載せています。テレビ取付のために、運転制御台を上に伸ばしました。

カメラからは映像用のHDMIケーブルと、台座のリモコン・ケーブルの2つの線が手元まで来ますが、床に這わすと足に引っかけそうだったので、上から回しました。

ビデオカメラには無線リモコンがあって、ズームをコントロールできますので、俯瞰映像の一部をアップすることができます。ただ、俯瞰映像は面白いものですが、HOの転車台と扇形庫の確認以外は役に立つわけではなく、1・GとHOのヤードの出入りをチェックするのはむずかしいと感じていました。

今年になって、中国通販サイトを眺めていたら、POE(Power over Ethernet)を使った監視カメラのセットが安く、多く出ていました。外観がそっくりでも、社名が違うのが中国製らしいところです。そういう中で、販売数と評価数が多い会社を選んでいます。今回選んだメーカーはTechageです。

POEというのは、LANでつなぐIPカメラにイーサネットのケーブルで給電もするため、カメラ用の電源アダプターが不要で、カメラの取付位置の自由度が高くなります。

5月25日に注文したら、早々と29日に届きました。

上に載っているのがIPカメラで、カメラは4個です。下の黒い箱が4チャンネルのNVR(Network Video Recorder)です。ハードディスクを中に組み込むと録画できますが、そういう用途ではないので、ハードディスクは入れていません。また、このあたりのレベルのIPカメラを家のLANにつなぐのは、いろいろな点で不安がありますので、LANにもつないでいません。

このセットに20mのイーサネット・ケーブルが4本付いていて、2万円ほどでした。

監視カメラ導入によって、もう一台、使うあてなく置いていた液晶テレビを使うことにしました。処分せずに残しておくと出番があるものですね。
左側が4チャンネルの監視カメラ用で、右側は俯瞰カメラ用です。

NVRの設定で少し手間取りましたが、何とか1280×720の画像で2つのモード(4つの映像を4分割で観る or 1つの映像を観る)が働くようになりました。手間のかかったところは、記録映像フォーマットがPALになっていたのをNTSC(日本用)に変更すると映像が出なくなったことです。PALに戻すと写るという症状を見つけるまでが手間でした。このあたりの取説がないので、よくわかりませんが、ハードディスクに記録するとPALになってしまうのではないでしょうか。

HOのヤード入口です。

カメラが大きいのは残念ですが、慣れると気にならなくなります。監視カメラって、そうなんですね。その映像です。

1・Gのヤード入口です。小さな駅の上に取り付けました。

その映像です。

既設のビデオカメラとは逆側からの俯瞰位置です。これは壁に取り付けました。

その映像です。

もう一つは既設のビデオカメラと同じような俯瞰映像で、扇形庫を写しています。

その映像です。

映像はCANONのビデオカメラよりかなり劣りますが、十分に確認できます。特に、1・GとHOの両方のヤード入口を監視しながら運転できるので、とても便利になりました。

不満な点は、映像が1秒近く遅れることです。ゆっくり走行させていればいいような程度ですが、扇形庫と転車台での停止位置を決める際には厳しいような気がします。まあ、この場所には遅延のないHDMIケーブル直結のCANONの映像があるので、問題はありません。

このIPカメラは室外で暗所監視の目的があるので、カメラのレンズ周りにIR(infrared:赤外線)放射のLEDが配置されていて、中央下に明暗センサーが付いています。そのため、レイアウトを暗くすると自動的に切り替わって白黒映像になってしまいます。この白黒映像はあまり感心できないので、センサーとLEDを切り離して、常時カラー映像になるようにしました。

前のカバーを回して外し、LED基板を止めている2つの小ねじを外すと全体を出すことができます。

中にシリカゲルが入っていました。これまでカメラを持つとカサカサという軽い乾いた音がして不思議に思っていました。

センサーの付いたLED基板とカメラ基板は2つのコネクターで結線されています。

2つのコネクターを外し、すべてを元に戻して終了です。これで暗くなってもカラー映像モードになりました。

ついでの工作ですが、運転制御台の裏に簡易な遮蔽板を取り付けました。写真の右側に写っているグレー塗装の板です。(いろんな工事が続いているので、レイアウトはゴチャゴチャしています)

運転制御台の裏は配線で一杯です。運転制御台の前に座っているとわかりませんが、車両からの風景が最悪になっていて、車両搭載のビデオ撮影でとても気になっていました。

1・Gからの眺めです。
Before:せっかくの腕木式信号機が迷彩に隠れたようでした。

After

HOからの眺めです。
Before

After:下の階の信号機が目立ってしまいましたが、ぐちゃぐちゃ感はなくなりました。

今後のビデオ撮影、いずれFPV(運転席カメラ)、どちらもすっきりしそうです。

しかし、ちょっと制御台が大きくなりすぎました。HDMIの切替スイッチを入れて、テレビを1台にしたほうがいいかもしれません。

 

天賞堂 C623 & 初めてのエアブラシ

2017年5月24日

20年以上前に古いキット半完成品を安く入手し、10年くらい前に組み上げて、その後にDCC化した天賞堂のC62があります。一応、札幌で見ていた3号機のつもりですが、空気作用管を取り付ける気もなく、また、3号機は後部の重油タンクが少しずれていることに気がつかず、でも、よく走るので、客車をつないで楽しむのには最適です。

日本の車両ですから、HO(1/87)ではなく、16番(1/80)という分類です。

今回、整備したついでに、塗装してみました。

JR北海道苗穂工場に保存されているC623です。毎年、苗穂工場の公開で見ることができました。1988年に復活走行していましたが、その後は静態保存になってしまいました。再復活には3億円以上かかると聞きましたが、JR北海道も大変なようなので無理でしょう。京都に移ったC622とC623による急行ニセコ重連という姿を再現してほしいと思うファンは多いでしょうね。

DCCサウンドはESUのLoksound3.5で、当時の常套手段であったレール・カーからの転用です。このC62のテンダー内部は広いので、転用元の2スピーカー・システムをそのまま使いました。しかも、汽笛は京都蒸気機関車館で録音したC622の音を使っています。Gゲージ並みの、とても大きな音が出ますので、小さいながらも、当鉄道の花形車両の一つと言えそうです。

DCC化工作当時の写真です。テンダーにはスピーカーを2つ置くだけのスペースがあります。樹脂粘土を貼って、真鍮板を細く切って、スピーカーの枠を作りました。

とてもデタラメな穴開けです。当時はドリル盤を持っていなかったので、すべて電動ドリルを手で持って作業していました。見えないところを手抜きするのは今も変わりません。
スピーカーをはめ込みました。

Loksoundを上に載せています。

モーターは取り替えました。

当初に付いていたヘッドライトにはLEDを入れました。この穴開け作業が手間だった記憶はあります。

尾灯にもLEDを入れました。

機関車本体とテンダーの配線はいつものコネクターです。

これまでも快調でしたが、Big Boyなどと同様に、ターンテーブルへの線路のギャップ(ブースターが切り替わる箇所)で停止するので、テンダーの台車に集電部材を取り付ける予定でいたのですが、真鍮の生地のままで、かなり汚れていたことから、今年(2017年)4月に、塗装してみよることにしました。

今まで、ちょっとしたタッチペイントを使うくらいで、車両全体の塗装をやったことがありません。いずれ塗装をしなければならない組み立て予定の車両はたくさんあるので、塗装方法を実践しておかなければなりません。塗料などはいろいろと買いだめしていました。

久しぶりに分解しました。従台車が黒塗りに変わっていますが、記憶にありません。整備途中のC622と交換したのでしょう。

先ずは、マッハのブラスクリーンで車体全体を掃除します。これは定評があるようですが、金工で使ってみて、酸洗いとほとんど違いはなく、あまり劇的な変化はないようです。

それほどきれいにはなりませんが、これ以上に磨くことなく、全体をミッチャクロン・マルチでコーティングしました。

そして、上の写真の右に写っているスプレー缶(ブラッセン)で塗装してみたのですが、マダラになるばかりで、きれいに塗料が乗りません。ミッチャクロンとの相性が悪いのでしょうか。初心者にはわかりません。テンダーを塗りながら、あきらめかけて、ふと思い出しました。

10年くらい前に、いずれゆっくり塗装を楽しむときのためにと、エアブラシとコンプレッサーを購入していました。そのときが突然やって来ました。初めて箱を開けました。

塗料については、今回は初めてなので、模型用水性塗料(つや消し黒)を使いました。ふだん、タッチアップに使っている塗料です。希釈するのは薄め液を使いますが、作業後の筆を水洗いができるので重宝しています。

大きなダンボール箱を切って、ペインティング・ブースを作りました。排気していませんが、水性塗料なので、頭を箱に入れなければ我慢できました。

初めてのエアブラシ塗装はむずかしいとは感じませんでしたが、出来上がりが良いのか悪いのかの判断が明確ではありません。

スプレー缶よりも少量で細かく噴射されているので、溜まるような感じにはなってはいません。慣れている方には塗料の選び方とか塗り方に問題山積と指摘されそうですが、自分で分かる問題は、全体がツヤ消し黒というのは単調で、どうかな、という印象です。ツヤありのほうがよかったようです。一部、磨き出しをする箇所があるので、それをやれば雰囲気が変わるかもしれません。まあ、その気になったら、保護用のクリア塗装にトライしてみます。

 

転車台アプローチの改良工事

2017年4月15日

3月にS1を整備しましたが、転車台(ターンテーブル)へのアプローチが急カーブになっていて、とても入っていける状態ではありません。

ここはBig Boyがぎりぎり通り抜けられるように、柱を削っているくらいです。

このアプローチは、転車台・扇形庫を組み込んだボードを置いてから、その状態に合わせてフレキシブル・レールを敷設したので、無理をしてしまっています。いつもながら、熟慮と手間を忘れた作業の結果はしっかり現れるものです。

ここを改良すれば、ひょっとしたらS1も自力で転車台に行くことができるかもしれない、と思って、改良工事に取りかかりました。まあ、S1が通過できなくても、現状が不細工なので、改良にはなるでしょう。

現状のアプローチ部分を別方向から眺めます。
扇形庫は現状のままにして、ボードの移動だけで何とかします。

写真の右手前の分岐から緩いカーブにするためには、転車台を載せているボードを遠くに離さなければなりません。ボードはNゲージのレイアウトを支えている柱に合わせて作っていますが、一部を切り取れば、10cm以上離すことができそうです。

ボードは置いてあるだけなので、簡単に取り外すことができます。上に載っているのは、転車台のリモコンです。

転車台をボードから取り外すことなく、そのままの状態で一部を切り取りました。上の写真の左上のあたりです。

レイアウトに戻して、どれくらいの曲線が可能かを調べます。

これまでのアプローチ橋から14cm離すと、曲線半径は1mくらいにできそうです。

工事のついでに、扇形庫内のLEDテープ照明用電源ケーブルを接触方式にしました。これで扇形庫の建物を載せるだけで照明用電源がつながります。

次の写真は、工事完了後に照明を入れたときの内部の様子です。

もう一つ、ついでの工事として、留置線路を増設しました。扇形庫内ではなく、野外です。
この写真は、留置線を増設し、周りの枠を取り付け、塗装も終えた段階です。右端が新設線路です。

これまではボードを定位置に置くために、Nのレイアウトを支える柱に組み込む形にしていましたが、今回はそれができません。そこで、ボードの横と載せる枠に2箇所、「当たり止め」を取り付けました。

載せる枠と合わせると、ぴったりの位置になります。

アプローチは板材を渡しただけなので味気ないですが、いずれ装飾を工夫しようと考えています。アプローチまでは固定線路です。

全体の雰囲気です。新設した留置線路の長さは34cmですが、日本の機関車(写真はC62)なら十分です。

転車台(Walthers 2850)の位置と線路番号を次のようにプログラムしました。この図をコントローラの近くに置いて操作しています。

丸数字はコントローラで指定する線路番号です。転車台には前後があり、上の図では転車台の位置が①になっています。①と②は固定で、①がベースとなっていて、②は①の逆向きです。③から⑩を扇形庫としました。機関車の前後を反転するためには、10を加えた数字で回転させると逆向きになります。線路の後方横に小さな数字を入れているのは、その線路の長さ(cm)です。

Big Boyの通過ではたっぷり余裕ができました。

さて、S1はどうか、です。アプローチから自走させてみました。音は出ません。

特にトラブルなく、転車台まで走っていきました。

完成状態です。少し、小物を置いてみました。

工事期間は4月前半の2週間ほどでした。これで、S1の改造準備環境が整いました。S1の改造に取りかかるのはいつになるかわかりませんが、アプローチの曲線はすっきりしました。

 

S1整備とDCC化 4(仮終了)

2月は金工「犬のランプ」製作が面白くて、こちらをほったらかしにしていました。

1月末までの作業です。
テンダー後部の尾灯LEDを装着して、コネクターからの配線をすべて接続しました。

DCCボードはマザーボードごとビニール袋に入れて、後ろ側に放り込んでおきます。少し熱を持ちますが、これまでもOKでした。

機関車側のLED配線に進みます。
LEDをこんな形で結線して入れることにしました。

この配線では、ヘッドライトと両側の車側灯にそれぞれCRDを入れていますが、ヘッドライトを点灯させると車側灯も同時に点灯します。車側灯の点灯回路を分けようかとも思いましたが、走行させる際には同時点灯でいいことにしました。一応、DCCボードから別回路のDC(AUX)をモーター部まで伸ばしていますので、運転室の点灯など、いずれ考えるかもしれません。

LEDを中で固定するために、両面テープを下地にしてから樹脂粘土を貼りました。

DC電源で点灯チェックです。

ヘッドライトの配線をモーター部分に来ているケーブルにコネクターで接続しました。これでDCCの配線は終了です。

3月に入って、組み立てました。
レイアウトで手押しして確認したら、コネクター・ケーブルが太かったので、曲線部では機関車本体とテンダーがすんなりと曲がりませんでした。機関車側のケーブルをより細い電子ワイヤに交換しました。

テンダーとの連結部分の間隔です。

さて、ようやくのテスト・ランです。レイアウトの直線部に置いて、出発させました。以下の動画は音が出ます。

曲線部に入るところで緩和曲線が必要かなと思っていましたが、それは問題なく、なんとか曲線をぎりぎりに回っています。さすがに、速度を上げるとギヤ音が大きくなります。

そのまま周回させました。直線と大半径のカーブだけを無事に一周して戻ってきましたが、駅に入る分岐器で脱線してストップしました。

原因は、先輪の誘導機能が悪いことと、動輪の回転自由度が小さいことだろうと思います。
あるいは、Bachmann(バックマン)製の分岐器との相性かもしれません。
カーブでの先輪のはみ出し映像です。

この外周線路はメルクリンのC-トラックで最大の半径1,115mm(24912: R9)を使っていますが、S1の胴体後部が固定されているので、先端部は外を向いてしまいます。
内側の線路(エンドウの線路で半径は1m)でも試しました。分岐器の方向が違うので脱線はしませんでしたが、状況はほぼ同じでした。

この模型を自然な感じで走らせるためには、曲線部は半径2m以上が必要なのでしょうね。1/87ですから、当レイアウトの曲線半径1mは実サイズ換算では半径87mで、地下鉄の急カーブ並みです。実物のS1も最小回転半径が大きかったために、PRRの走行路線が限られたようなので、なんか、納得してしまいそうです。

可動部分の連結はこのようになっています。右が前です。

前後で2つに分かれていて、前の先輪と動輪、後ろの従輪と動輪が別のフレームになっており、後ろの従輪・動輪のフレームは胴体に固定されています。前後の動輪の間にジョイントがあって、前の部分が動くようになっていますが、自由度がとても小さいのです。
前の部分を取り外した写真です。前方に伸びたステイだけで前の動輪と先輪部分を固定しています。

このステイの高さ調節がとても微妙で、この高さによって機関車本体の前後の高さが大きく変わります。

先輪の台車に付いている枕梁(まくらばり:ボルスタ)の位置が悪そうです。ずっと気になっていました。

枕梁は台車の固定と回転を請け負うもので、ここには2つ付いていますが、3軸台車で後ろ側の枕梁に中心ピンを入れて押さえています。これは先輪の回転を考えた結果だろうと思いますが、そのため、写真(整備前)のようにステイの調整が悪いと、台車の後ろが下がってしまい、分岐器やカーブでレールと接触してショートします。

下がらないようにステイを上げると、先輪が浮く感じで、動輪を誘導する機能がなくなるようです。中心ピンの長さを変えて、微妙な位置調整をしたりすればうまくいくのかもしれませんが、分岐器で脱線しないピッタリの位置を見つけられません。

このあたり、模型製作のノウハウがないので自信はないのですが、最低限、枕梁と中心ピンの変更などの処置をしないと、脱線は必至という状況のように思えます。

実物のS1は”duplex”と呼ばれる方式で、前後の動輪部を動かす2つのシリンダーは両方とも胴体に固定されているので、機関車の回転中心位置が本体中央にあるのでしょうね。現在の中心位置は後部動輪の後ろあたりです。これを変更するのが一番ということなのでしょうが、そうなると、テンダーとの連結も自由度を高める必要がありそうです。となると、もはや整備ではなく大改造になり、手に負えないように思います。トライしてみたいのですが、どうなるでしょうか。

S1は曲線が苦手なので、本線から転車台まで自走して入ることはできませんが、「神の手」で扇形庫に置いたら、直線はOKなので、ターンテーブルでの入れ替え作業は可能です。

扇形庫から転車台に乗るところです。以下の動画は音が出ます。

転車台にぎりぎり乗って、回転です。

扇形庫に入ります。

長い機関車ばかりを扇形庫に並べました。中央にS1、右にレイモンド・ローウィによるデザインのT1、左の2つはビッグボーイです。

S1は長いので、扇形庫から大きくはみ出すかと思いましたが、ほんのちょっとだったので、このままで良さそうです。

S1の車庫については、Classic Trains誌の古い記事に1947年の写真(Glendale Hoffman氏撮影)がありました。

これはオハイオ州のCrestlineにあるPRRの機関庫で、左端に引退したS1と、継ぎ足したような扇形庫が写っています。ここの転車台はS1より短いため、S1の方向を変えるときは、この近くにあるY(wye)形の分岐器の組み合わせによる三角形(デルタ線)を使っていたそうです。

GOOGLE EARTHで現在のCrestlineの航空写真を見つけました。

保存活動があったように聞きましたが、転車台跡には水が溜まり、残った建物の屋根は朽ちています。S1の機関庫は残っているようですが、屋根の鉄骨が見えています。

もう一つの話題です。デンマークの電子音楽系のデュオLaid Backのアルバム「Play it Straight」(1985)のジャケットです。

赤く塗ったS1がなかなかモダンです。彼らの音楽はYouTubeにたくさんアップされています。

ということで、さらなる改造はもっと勉強してから、としました。当分は扇形庫で休憩してもらいます。残された課題は多くありますが、ともかく、S1のDCC化は成功して、数十年ぶりに走らせることができましたので、今回の整備はいったん終了、ということにします。

追記
転車台に向けてS1を走らせてみたら、アプローチの手前で停止します。これは転車台・扇形庫のボードを電気的に切り離してブースターで動かしているので、アプローチの手前にギャップを入れているためです。機関車の集電とテンダー(炭水車)の左右の集電が離れて、無電(電位差なし)区間になってしまうようです。線路のギャップは残したいので、S1のテンダーで両方の線路から集電するようにしました。本来なら、動輪で左右からの集電をすべきなのでしょうが、それは少し手間なので、簡易工事で済ますのが当模型鉄道の方針です。

作業は簡単です。テンダーの後部台車を外して、手持ちの集電部材を切り取って、絶縁されている車輪に接触させます。

台車の塗装をはがし、プラバンの下地を接着剤で貼り、配線した集電部材をプラバンに接着剤で貼り付けました。

上から見ると、配線が出ていますが、台車と底板にはスペーサーを入れるので、干渉しません。

底板に2mm径の穴を開けて、配線を通して、機関車側からの集電線と合わせると終了です。

これで、ギャップでの停止はなくなりました。集電材の接触摩擦による走行への影響があるかどうかは定かではありません。
試走後、つや消し黒を塗っておきました。

ついでに、Kadeeカプラーも取り付けましたが、枠が小さく、単なるネジ止めだけになりました。いずれ、S1を改造をする際には、枠を大きく削る予定です。

4月に入って、転車台へのアプローチを改良しましたので、S1も自力で転車台・扇形庫への出入りができるようになりました。