淀川:河川敷冠水

2017年10月23日

10月23日、台風21号が通り過ぎて、久しぶりの晴れ間が見えてきました。昨夜は風雨の音で何度か目が覚めました。大和川上流では氾濫があったようです。淀川も増水しているのかなと思いながら散歩に出かけました。

いつもの淀川堤防に到着すると河川敷は冠水していました。

これ以上、降りることはできません。

上流方向です。

このような景色は、2013年9月16日の増水以来です。2013年はすべてが流されていて、ゴミがいっぱいでしたが、今回は水が流れている感じはあまりありません。

台風到来の予想で、河川敷公園に置かれていた簡易トイレは堤防の上に引き上げられていました。

パスカルは久しぶりの雨のない散歩で喜んでいましたが、河川敷には行けないので、堤防手前の公園で遊んでいました。

雨が続いたからでしょうか、地面に直径20cmくらいのキノコが生えていました。

今日からは秋晴れが期待できそうですが、河川敷が冠水したので、当分の間、河川敷は泥だらけが続くでしょうね。11月5日に淀川マラソンが予定されているようなので、ちょっと心配です。

翌10月24日の追記です。
水は引いていました。河川敷の芝生は少し茶色っぽくなっています。

冠水した高さに枯れ葉などが重なって、スジになっています。

ゴミはペットボトルがところどころにある、という程度でした。4年前とは大きな違いです。

河川敷歩道の泥はたいしたことはありません。数回、雨が降れば泥は消えそうに思います。

帰宅して、パスカルの足を洗ってタオルで拭くと、タオルが黄色くなりました。黄砂かもしれません。

10月30日の追記です。
今回は冠水した水量と流れが弱かったためか、堤防にゴミが少ないと思いましたが、岸辺の灌木あたりにはそれなりの量のゴミが漂着していました。

昨日29日も雨が降ったため、河川敷の歩道の泥はほぼなくなりましたし、堤防の草刈りも実施されていて、11月5日の淀川マラソン(このあたりがスタート/ゴール地点)の準備はOKのようです。

 

淀川:犬に歩数計を

2017年10月21日

数日前にパスカルと散歩しながら、パスカルの歩数ってどれくらいなのかなと、突然に興味を持ちました。散歩中に私とパスカルの右足の動きを注視していると、私の右足の動き1歩に対して、パスカルの右足は2歩くらいとなっています。動画を撮ってみました。音は出ません。

前足だけで計算すると、おおよそ2倍の歩数という感じです。この間にパスカルは後ろ足も動かしているので、合わせると4倍ほどになるという計算でしょうか。四足歩行動物の歩数計算はともかく、歩いている距離はだいたい同じです。ただ、淀川河川敷に降りるとフレキシ・リードを緩めるので、パスカルは周りをうろつく分、少し長くなるでしょう。

パスカルとの朝晩の散歩は私の歩数で4千歩以上(歩幅80cmで3.2km以上)です。雨の日は半分くらいですが、大阪で5年半、ほぼ毎日、淀川まで往復していますので、散歩だけで少なくとも私の歩数は、5.5年×365日×4千歩=800万歩(約6,400km)ほどになります。

歩数をチェックするために、以前はガラ携やAndroidスマホの歩数計アプリを使っていましたが、スマホOSの更新によって歩数がカウントできなくなりました。そのため、去年から単体型の歩数計を使っていました。

4月にスマホをiPhoneに替えたら、正確な歩数が出るようになったので、単体型歩数計は不要になり、しまい込んでいました。この歩数計でパスカルの歩数を計測できるか試してみます。パスカルの首輪に歩数計を取り付けました。

これが正確に犬の歩数を計測できるかどうかはわかりません。歩数計は加速度センサーで上下動をカウントするわけですが、人の歩行用に調整されているので、四足歩行の犬の上下動が人とどれくらい違うのか、見当はつきません。

室内で歩数計を取り付けて、しばらく歩かせてみると、それなりにカウントされています。ということで、朝の散歩でチェックすることにしました。

10月19日、雨が止んでいたので淀川まで行きました。
出発前の玄関でのパスカルの歩数計の数字です。143歩となっています。

私のスマホ歩数計の写真を撮り忘れましたが、20歩でした。

淀川の堤防に到着しました。

パスカルの歩数を撮影しました。

1039となっているので、出発時からは891歩となります。
私のスマホでの歩数です。出発時の20を引くと856歩です。

河川敷では草が濡れていましたが、パスカルはジャンプなどを楽しんでいました。

堤防に戻ってきました。

堤防の上でパスカルの歩数をチェックしました。

河川敷に降りる前が1036だったので、河川敷内は810歩となります。
私の歩数計です。

河川敷に降りる前は876歩だったので、河川敷内は791歩となります。パスカルとほとんど同じです。

帰宅して、玄関でチェックしました。

2,725となっています。堤防からの歩数は879歩、散歩全体では、2,582歩となりました。

私の結果です。堤防からは863歩、散歩全体では、2,510歩となりました。

19日の計測結果をまとめました。
左から、自宅から堤防+河川敷散歩+堤防から自宅=合計の歩数です。
私    : 856 + 791 + 863 = 2510
パスカル: 891 + 810 + 879 = 2582

翌20日にも計測してみました。
私    : 767 + 1213 + 890 = 2870
パスカル: 769 + 1279 + 902 = 2950

どういうカラクリなのかわかりませんが、今回の実験結果から言えば、人間用の歩数計では、パスカルは四足歩行であるにもかかわらず、私より少しだけ多くなる程度でした。河川敷でジャンプ遊びなどをしていても、それほど大きな違いは出てきません。でも、室内で3mほどの距離でボールを転がせて取って来いをさせると、一往復で20歩くらいカウントされます。人では6歩くらいの距離です。最近は犬用の歩数計が出ているようですが、四足歩行をどのように(どの分を)カウントしているのかはわかりません。

10月24日追記
歩数計をはずした段階で、歩数計に入っていたパスカルの1日の歩数は次のとおりでした。少ない日は雨でした。
19日:7608、20日:8868、21日:9069、22日:6802、23日:9203
私が出かけない日より少し多いような歩数ですが、まあ、わかったような、わからないような、犬の歩数の話題でした。

シルクスクリーン展:SILX’17

2017年10月11日

今年も、大阪・心斎橋近くにあるギャラリー「Gallery キャナル長堀」で開催されているシルクスクリーン展「SILX’17」に行ってきました。

2日目の午後でした。表の長堀通からも裏の鰻谷北通からも入ることができるギャラリーなので、ぶらっと入る人も多いようです。

今年も楽しい力作が多く、それぞれに作者の特徴があらわれています。
いくつか、撮影させてもらいました。

下の写真は恒例の来年のカレンダー(2,000円)の展示です。すべて月毎の担当作者の新規手刷り作品12枚で構成されています。毎年、楽しんでいて、すべて残しています。

次は、これも恒例の無料刷り版体験です。今年は偶然だったそうですが、あべのハルカス美術館で開催中の北斎(神奈川沖浪裏)が選ばれていました。

上の写真の左側、額に入っているのが完成品で、一つ前の版の状態に最後の刷り(濃い紺)をさせてもらって、完成させるという体験です。
直前の版です。

ちょうど、カリフォルニアから来たという観光客が訪問していて、最後の刷りに挑戦しました。

うまく仕上がって、とても喜んでいました。
無料で体験させてもらって、完成品はいただける、という豪勢な企画です。もちろん、私も体験させてもらって、いただいてきました。

元の版画は8版くらいだそうですが、こちらは5版に分解したそうです。リーダーの和田義郎氏が担当していて、いつも彼の技量とセンスには感心するばかりです。

和田氏の今年の作品です。

先日、大阪環状線から消えた103系が走る天満駅近くの情景です。このあたりは夜しか行かない場所ですが、いい雰囲気が出ています。

シルクスクリーン(版画)を眺めて興味を持つのは、構図はもちろんなのですが、調色・配色が作品の雰囲気と特徴を出している点です。油彩や水彩で描く方法と違って、同じ色のインクをどのように配置していくかはパズルみたいです。グラデーションも可能だそうですが、5版以上に区分けしていく工程の結果として、独特の雰囲気が出てくるのはとても魅力的です。

また来年も楽しみにしています。

 

淀川:下島公園と八雲遺跡

2017年9月10日

秋らしい空で、このところやっと朝晩だけは涼しくなりました。

そこでちょっと、堤防の上を上流に向かって歩いてみました。500mほど先の守口市下島(しもじま)公園に行こうと思います。パスカルが案内するようなので、ついていきます。
太陽の照りつけは少しだけおとなしくなってきました。

マンションを過ぎると、右側にこんもりとした木々が見えてきました。下島公園です。文禄堤と京街道が合わさるのはもう少し先です。

堤防道路には、万博記念公園からのサイクリング・ロードの標識がありました。ここまで9kmだそうです。

鉄塔が2基ならんで淀川をわたっています。このあたりが八雲遺跡です。向こう岸はそろそろ江口です。八雲という名前は明治16年にこのあたりをまとめた村名でした。

鉄塔の下、堤防横の下島公園には野球場もあります。公園の裏口から入って、探訪散歩します。

こういう石の案内が各所に置かれています。

こういう動物たちは河川敷にもいましたね。

蛸らしき滑り台がありました。その先は野球場です。

野球場では試合の準備をしているようです。

ぐるっと回っていきます。右奥に温室が見えてきました。

正面入口にやってきました。多くの花が植えられています。

入口横に小さな立て札がありました。

八雲遺跡の案内です。このあたりの淀川河川敷から縄文後期以降の遺物が多く出てきたそうです。今は埋め戻しているので、何も見当たりません。

草香江(くさかえ)と呼ばれていた河内湖が近くまであった時代には、すでに水運が盛んだったようですね。

正面入口を入ると、「花図かん」と名付けられた施設があります。このログハウスは1990年に開催された花博(国際花と緑の博覧会)から移設されたそうです。途中で見た温室も施設の一部のようです。

入口付近の花だけではなく、いろいろと植物の展示や講習などがあるようです。

金網の中を覗いてみると、苗や園芸用品などが置かれていました。

ということで、またもや堤防に戻って、小さな冒険を終えました。

 

大仙陵古墳と堺市博物館

2017年8月30日

8月26日、百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群として世界遺産を目指している堺市の大仙陵古墳を久しぶりに眺めてきました。

朝は涼しくて、パスカルと河川敷まで歩いて行きました。もう蝉の鳴き声は聞こえません。土手に雑草がすごく伸びています。

パスカルも久しぶりのロー・ジャンプでした。

昼前から蒸し暑くなってきましたが、墓参の後、堺の大仙陵古墳(大山古墳)に寄りました。昔、2年ほど堺市民だったことがありますが、その頃に訪ねることはなく、御陵を見たのはそれよりもっと昔の高校生時代でした。でも、いつも飛行機で伊丹・関空に離着陸するときは上空からのランドマークとして眺めていました。

暑いので、クルマで周回道路をゆっくり回ってみました。昔のイメージと変わらず、木々の向こうには空があるだけの茫洋さですが、道路はきれいになっています。半分くらい進むと民家があって、自動車は迂回しなければなりません。歩道はだいたい続いているようです。大回りして戻って駐車場に入りました。土曜日の午後で、駐車場は半分くらいの入りでした。

駐車場から正面の拝所まで外濠に沿って歩きます。一周すると2.7kmあるそうです。濠の水は緑色に澱んで、対岸にある樹木が繁茂して、沼地の森のようです。時々、魚が跳ねていましたが、淀川同様で、ここにもブルーギルやブラックバスが多く生息しているそうです。

拝所前で説明なさっている方に話をうかがいました。単刀直入に、「すべての案内に宮内庁指定の仁徳天皇陵と書いてありますが、大仙陵古墳とは書かないのでしょうか?」と質問したら、「そこなんですねえ、世界遺産の申請にも仁徳天皇陵としていますので、そのように説明していますが、見学に来た小学生が仁徳天皇陵は知らないけど、大仙陵古墳は知ってるって言うんですねえ。正直なところ、困るときはあります」と正直な説明でした。

仁徳天皇の陵墓と確定できないという話は以前から聞いていました。10年くらい前から、教科書の記述でも仁徳天皇陵が大仙陵古墳と変わったようです。

いろいろな事情が絡んでいる、ややこしい話題はさておいて、話をうかがっていると、大仙陵古墳は巨大で、クフ王のピラミッドよりも面積は広いものの、高さがないので、平地からは森を見ているだけの眺望になり、しかも中には入ることが許されていないので、視覚的アピールがむずかしいようです。まあ、拝所から中に入ったとしても、また濠があって、舟で渡っても、小高い森の散策だけでしょうけど。

南側の大仙公園にある平和塔(一般戦災死没者の追悼施設)は展望施設ではありませんが、平和塔の高さ60mくらいでは御陵の全貌を見ることができない、飛行機からの眺めが一番で、博物館で有料ですが、VR(仮想現実)のゴーグルがあるので、それを体験してみてください、とのことでした。

それでも、すぐ横に置いている石造りの模型はとてもわかりやすいものでした。

周囲を歩きながら見るAR(拡張現実)アプリにする手もありそうですね。

というような話の後、大仙公園にある博物館へ向かいます。平和塔が見えています。

そこを曲がると堺市博物館です。

入ってすぐに、10分ほどの百舌鳥古墳群の紹介映画を観ることができました。まだ、古市古墳群とのセットで世界遺産の候補申請する前の製作のようでした。わかりやすいCG中心で、VRを映画で眺めるという雰囲気でした。この映画を観たら、有料のVRを眺める気持ちはなくなるのではないかと心配しました。心配通り、VRは素通りしてしまいました。

数年前に改装されたという博物館には、堺市内の出土品、環濠都市時代の生産品など、ほぼ編年体の順番で、いろいろと展示されていました。

工夫していると感じたのは、出土品の甲冑を再現して、着用できるというサービスでした。着用してみることができる複製模型です。

大人用と子供用がありました。けっこう重くて着用はたいへんだとわかります。

堺の手織り段通が置かれていました。戦前のもので、もめん糸で織られているそうですが、手触りは柔らかく、シルクと変わらない質感でした。

ただ、堺からは手織り段通の職人がいなくなり、現在は伝承のための養成講習を続けているだけのようです。商品としては京丹後市に移った住江織物が細々と作っていると聞きました。館内に織機が置かれていて、火曜日に実演があると書かれていました。

堺市博物館所蔵の住吉祭礼図屏風(江戸初期)が置かれていました。複製品の展示でしたが、素人には違いはわかりません。

住吉祭礼図屏風の左隻には住吉大社、右隻には堺の町が描かれています。住吉大社と堺の環濠までは大和川を挟んで紀州街道で3キロはありますが、住吉大社と堺との結びつきが強かったのだろうなと想像できます。

現在は大和川が住吉大社のある大阪市(住吉区)と堺市の市境になっていますが、それは明治になってからです。堺という地名の由来は摂津・河内・和泉の境(三国山=三国ヶ丘)ですが、江戸時代までの摂津と和泉の国境は堺の環濠の真ん中を横切る大小路(おおしょうじ)筋でした。摂津一宮の住吉大社は堺も地元、と言うか、元々は堺の一部は住吉大社の社領だったそうですね。

屏風が描かれたのは大和川の流路変更(1704年)の前ですが、後に大和川の流路となる小さな川(狭間川)があったようです。橋があって、甲冑姿の人たちが紀州街道に沿った安立町(あんりゅうまち)から堺へと渡っています。大和川を渡る神輿渡御は近年になって復活したそうです。

住吉大社の反橋(そりばし)を渡ろうとしている神輿も描かれています。あの反橋を神輿を担いで渡ることができるんですね。

その他、堺鉄砲も大小ありましたが、お気に入りは犬の埴輪でした。

豚鼻で、一見、イノシシかと思いますが、立ち耳に巻尾という日本犬らしい姿です。

出土したときの写真もありました。

帰る前にもう一度、映写室に寄りました。もう一本の映画が始まるところでした。これは古市古墳群だけを紹介していて、CGを多用した内容は百舌鳥古墳群とほぼ同じでした。2つの映画をペアにして、百舌鳥・古市古墳群の紹介としているようです。

堺市は歴史的景観が随所に保存されているというわけではなく、石器時代・縄文弥生時代・古墳時代から環濠都市までの名残が点在している商工業・住宅の町です。西側には環濠跡の水路が一部残っていますが、東側は阪神高速道路の下になっています。

明治42年(1909年)測図の地図があります。上が住吉大社、下が堺の町です。南海線と高野(登山)線が走っています。

このころは堺も空母のような形の江戸期の環濠都市のままで、大仙陵を含めて、周りはすべて農地です。100年前に歴史的景観保存を含めた都市計画をしていたら、という仮定の話になってしまうのは、いずこも同じですね。

大阪府は近畿で唯一、世界遺産がありません。古市古墳群については羽曳野市に住んでいる友人から、世界遺産申請についての市民の温度差が大きく、どうかなあ、という話を聞いていました。百舌鳥(堺市)も古市(藤井寺市・羽曳野市)も、残っている古墳はすべて周りが民家に迫られていて、人口密度が近畿でダントツとなっている大阪府の混雑ぶりが一番気になるところです。そうではあっても、堺がいろいろと魅力的な土地柄であるのは間違いありません。

淀川:夏は暑いもの

梅雨も明けて、大阪の夏がやって来ました。

朝の淀川散歩は7時過ぎくらいです。6時台は犬の散歩が多く、パスカルは相変わらず犬と出会うとうるさいし、こちらも早起きはしんどいのです。8時台になると、日差しが強すぎます。

できるだけ日差しを避けて、緑道を通って淀川まで歩くようにしています。

堤防に続く公園あたりは特に蝉がけたたましく鳴いています。音が出ます。

この公園だけで散歩を済ますこともあります。

堤防に到着しました。
7時台だと、まだ河川敷の一部は堤防横の大きなマンションの影になっています。

影の中を河川敷に降りていきます。

河川敷には、この影の他に太陽を遮るところがないので、影の中をうろうろしています。
曇っている朝は川岸の遊歩道まで進み、得意のロー・ジャンプを楽しむこともあります。川岸では蝉とウグイスがよく鳴いています。

帰ってきたら、外の水道で足を洗って、背中を水で濡らしています。
部屋に入ると、扇風機にかじりつきです。

パスカルは6月に8歳になりました。一昨年に夏バテが始まり、そのときは7月から、去年は6月から、今年は5月から、ドライ・フードを食べなくなっています。去年はパウチ(ウェット・フード)を加えると食べていましたが、今年はそれも食べなくなりました。どうも、食欲のスイッチが切れるサーモスタットの設定温度が下がってきているようです。

散歩から帰って、水も呑まないで扇風機にあたった後は、放っておくと昼前までクーラーの下で寝ています。仕方がないので、鶏肉とキャベツを茹でたスープを作り置きして、ドライ・フードを浸すようにすると、何とか食べています。残したら、牛乳をスプーンで少しかけてやります。摂食量は春までの8割くらいでしょうか。

朝晩の散歩そのものはいつもと同じペースで、食欲不振以外はほとんど変わりはありません。まあ、痩せてきたという感じはないので、秋までペースダウンということなんでしょう。

忍海ってどこ?

4月16日、服づくりをやっている友人が作品展示をしているというので、別の友人と二人で近鉄御所(ごせ)線の忍海(おしみ)というところに行ってきました。知らない読めない地名です。明治期までの郡名・村名だそうで、現在は奈良県葛城市の一部になっています。大阪に住んでいたものの、畿内の地名は教科書に出てくるくらいしか知らないので、初耳の地名が多く、そういうところを訪ねるのは楽しい「小さな旅」です。

12日に吉野に行った近鉄南大阪線ですが、今回は急行で、奈良県葛城市にある尺土(しゃくど)駅まで行き、御所(ごせ)線に乗り換えます。

近鉄南大阪線が走るのは、河内と大和をむすぶ古代の官道・竹内街道(たけのうちかいどう)のちょっと北側です。二上山(にじょうざん=ふたかみやま)を挟んで、大阪側の羽曳野(はびきの)市、太子町、奈良側の葛城市に至るまで、古墳などの史跡が多く、古事記、日本書紀、万葉集にあらわれる地名が残っているようです。

当麻寺駅の2つ先にある尺土駅は二路線の乗換駅になっているためか、悩ませる発車案内表示がありました。

右側の2番線の急行(右上の先発)から降りたら、1番線に列車が停まっています。1番線の案内表示には「次発 普通 橿原神宮前」となっています。その下に「先発 普通 御所」となっています。さて、御所線は停まっている列車に乗っていいのか、と悩みました。

同行の友人は乗り込もうとしましたが、一応、そばにいた駅員に確認してみたら、この列車は橿原神宮前行きで、御所行きは次に入ってくる列車だということ、路線別に先発・次発と表示している、と教えてくれました。上にあるのが「先に出る」という意味ですね。発車時刻をよく見たらわかるのでしょうけど。友人を呼び戻して、次の列車を待ちました。

尺土から分かれた御所線は大和葛城山を右前方に見ながら南下し、なかなか長閑な雰囲気です。忍海駅で降りると、すぐ近くに「角刺(つのさし)神社」という小さな社がありました。

式内社ではなく(村社)、社務所もありませんが、由緒は古いようで、日本書紀の一節が引用されています。

興味深いのは、境内に比較的最近に建てられたと思える神宮寺「忍海寺(にんかいじ、とふりがな)」が建っていることでした。

その向かいあたり(神社の入口方向)に、これまた興味深い大木がありました。

写真ではちょっと見づらいですが、この木は右横のほうに根があり、地上に出てすぐ左横に伸びてきて、そこから直角に立ち上がって、立派な樹木になっています。かつては建物があって、その床下で生まれ、光を求めて伸び続けて、外に出て、そこから上に大きくなったのでしょうか。想像をいろいろとさせる木です。

しばらく、山のほうに歩いて行くと、田畑が多く、久しぶりにレンゲを見ました。昔は一面にレンゲが植えられていて、この時期の田圃がきれいなピンクになっていました。田植え前に鋤込んで肥料にしていましたが、最近はそういう手間をかけないのですね。遠景に見えるのは二上山のようです。途中に牛舎があって、なつかしい匂いが充満していました。

目的地です。築100年以上の古い農家で、庄屋の家だったそうです。

土塀も屋根も相当に傷んでいますが、立派な家です。

知る人ぞ知る、らしい「色とりどり展」という催しです。

古い大きな民家に雛人形をメインとしたさまざまなものが置かれています。その雰囲気を楽しむ世界です。

奥の部屋に友人の作品が置かれていました。最近いろいろと試みている「和紙の布」の作品です。

庭で採れたレモンで作ったパウンドケーキとコーヒーをいただきながら、ゆっくりと時間を過ごすことができました。夕方にはみんなで阿倍野まで戻って飲み会になりましたが、尺土から乗った急行は吉野帰りの人でいっぱいでした。

 

吉野の桜

4月12日、初めて吉野の桜を観に行きました。

朝の淀川散歩は雨が続いたので、3日ぶりです。

曇っていますが、午後からは晴れるという予報になっています。
今年初めてツバメが飛んでいるのを見ました。一羽だけです。

散歩から戻ってくると、近くのソメイヨシノが散り始めです。

この派手な明るさとは違った山桜を眺めるのが楽しみです。札幌でもソメイヨシノが多くなり、エゾヤマザクラを見かけるのは少なくなった気がします。

近鉄阿部野橋駅に吉野行き特急が入ってきました。古い車両の2両編成です。

往復ともに10日ほど前に特急の指定券を予約しましたが、行きは急行でもかまわないようで、帰りが大変だと聞いていました。確かに、帰りの座席はわずかになっていました。

この特急が通る近鉄南大阪線、吉野線などは狭軌ですし、途中から単線になるので、南海高野線を思わせる雰囲気です。でも、吉野川に沿っていて、高野線のように上り勾配がきついわけではありません。
1時間16分の乗車で終点・吉野駅に到着です。駅の向こうに下千本が見えています。

駅前でも人が多く、上のほうの賑わいを予感させました。

ケーブル(ロープウェイ)もバスも長い行列でしたが、バスはどんどん来るので、バスで中千本まで上がることにしました。

バスを降りて、中千本から上千本に行くあたりに「猿引坂」という場所があります。このあたりから桜の全体がよく見えました。

その近くに客の少ない古い茶店があったので、そこでお弁当を買って、桜を眺めながらの昼食です。ちょっと寒いくらいだったので、セルフサービスの熱いお茶があって助かりました。ここは中千本の終点あたりなので、人の往来は少しマシです。茶店の主人から、上千本、奥千本には雪が残っていると聞きました。

昼食後は、中千本から下千本に至る狭いメインストリートを歩きます。店が並び、人が多く、途中まではクルマも多く通る道です。大阪市内の商店街なみの賑わいです。

竹林院と勝手神社を訪ねてから、吉水神社に向かいます。
途中で大きな山桜を近くで観察することができました。吉野の桜の多くはシロヤマザクラだそうですが、花芽よりも葉芽が(同時か先に)開くので、ソメイヨシノのように花ばかりという派手さはありませんが、上品な風情を感じます。吉野には古くから山桜が多かったそうですが、江戸期以降にかなりの数が寄進植樹されたそうです。全体で3万本ほどにもなり、数百年の古木もあるようです。

こういう花と葉の状態の桜が集まると、桜色が複雑な色合いに見えるのですね。

メインストリートから少し降りた吉水神社境内の絶景ポイント「一目千本」です。さすがに撮影スポットで人の壁がなくなりません。

確かに、なかなかの景色です。まだ晴れ間は一部です。

その後、金峯山寺から、後醍醐天皇が吉野に入った行宮(あんぐう)の跡地、吉野朝宮跡(妙法殿)に寄りました。

どうして吉野という山奥が選ばれたかの子細は知りませんが、むしろここは山奥ではなく、この先にある大峰山、さらには熊野との往来という神秘な山々への「入口」だったのでしょうね。

最後は吉野駅まで下千本に囲まれた道を降りていきました。その途中でウグイスが鳴いていました。普通鳴きでした。音が出ます。

帰りの特急はピンクのラインが入った「さくらライナー」4両編成です。

反りが入ったような先頭のデザインはドイツで走っていたルフトハンザ・エアポートエクスプレスの窓を大きくしたみたいで、中間車両は同じくドイツのICEの雰囲気です。鉄骨組のアーチの中に停車していると、ヨーロッパの駅のようです。

往復とも、特急の座席の見た目はいいのですが、座り心地は有料特急のわりには、ちょっと?ですね。特急料金不要の京阪特急、阪急京都線特急に負けているかな?

それなりに吉野の桜に満足して、帰りの車中は疲れて、半分は寝ていました。
阿部野橋駅横のパン屋に寄って、帰宅後のワインがおいしく飲めました。パスカルは香りだけ。

今日の歩数計は1万7千歩になっていました。

淀川:3月の風景

三月に入りました。日差しも強まり、散歩は楽になりました。

堤防の外側の土手には土筆が伸びています。

パスカルは元気に走ります。

この頃、太子橋地区で時々見かける望遠レンズのグループです。何を狙っているのかはわかりません。

淀川監視船が通り過ぎていきます。

遊歩道横にムクドリの幼鳥がいました。

いつもの低ロープジャンプです。

2月中旬頃からウグイスが鳴き始めていますが、まだ鳴いている姿は見えません。
ちょっと気になる鳴き声2種類です。バックのノイズがうるさいのですが、動画の最初と終わりあたりで鳴いています。

「ホーホケキョ」の後に、すぐ近くで別の個体が馴染みの「ホーホケケキョ」と鳴いています。幼鳥なのでしょうね。

帰りがけ、公園の梅はすべて満開(一部、散り始め)となっています。

帰宅したら、庭の終わりかけの梅にメジロが2羽来ていました。

こうやって書いていると、昨年の三月と同じような内容になりました。
季節の移り変わりは、少しだけ変わって繰り返しますね。

淀川:寒いけど、咲くやこの花

2017年1月16日

ここ数日、薄雪になるくらいに寒かったのですが、朝の好天は続いています。

1月16日です。

いつもの気楽な散歩です。

いつものジャンプです。

帰りがけに、しだれ梅でしょうか、白っぽい感じがしました。

花が咲いています。

その横にある紅白の梅です。

紅梅はつぼみが大きくなっています。

白梅は咲いています。

紀の川から来た自宅の梅も咲き始めています。
南高梅です。

寒紅梅です。

大寒はまだですが、春になりつつあるようです。