2020年1月1日です。
パスカルは元気に2020年を迎えることができました。
抗がん剤治療でリンパ腫が小さくなり(寛解状態)、去年の9月頃から涼しくなったので、様子を見ながら淀川河川敷の散歩を再開しています。現在は脱毛があるので、Tシャツを着せています。
元旦は散歩する人もほとんどいません。
ジャンプや走らせるのはやめるようにしていますが、歩く動きは悪くありません。動画です。音は出ません。
今年もよろしくお願いいたします。
2019年10月17日
今年のシルクスクリーン展:SILX’19は10月14日から20日までの開催で、17日に行ってきました。会場はいつものGallery キャナル長堀です。
今年も興味深い作品が多くありましたので、ゆっくり眺めていました。
撮らせてもらった写真を何枚か並べてみます。
恒例の来年のカレンダー販売ですが、もう残部僅少だそうです。
今年の刷り体験はマチスの切り絵「ポリネシア、空」でした。
2色なので、薄い青が刷られた版が置かれています。
これに濃い青を刷ると完成です。
なかなか品のある作品になりました。
来年も楽しみです。
恒例のマラソンで、今年は第22回です。
11月2日(金)の朝にはトイレやテントの準備が始まっていました。
テニスコートは荷物預け所です。
案内看板も置かれています。
裏(表?)はコース案内です。ハーフマラソンは下流の往復、フルマラソンは上流往復と下流往復になっています。
スタート・ゴールの鉄骨も建てられていました。
11月3日(土)です。
売店も並んでいます。
11月4日(日)の当日は8時半頃に行きました。
ハーフマラソンは9時スタート、フルマラソンは9時40分スタートなので、出場する人(どちらも7千人の枠)は全員が集まっているのでしょうね。
トイレは長蛇の列ですね。
荷物預けにも多くの人がいます。
今回もパスカルの運動は少し離れたところです。
準備運動をしている人の中に、ゆるキャラがいました。
ガンバフンバくんという、どこかのスポーツ用品店のマスコットだそうで、赤のゼッケンを付けているので、ハーフマラソンにエントリーしているようです。どれくらい走ることができるんでしょうね。
9時ちょうどにハーフマラソンのスタートとなりました。
スタート時の動画を撮っていましたが、号砲などが鳴って、パスカルがびっくりして動いて手振れしたので、途中をちょっとカットしました。音は出ません。
6千人以上がスタート地点を通り過ぎる前に帰宅の途につきました。
(追記)
11月5日(月) 片付けが始まっていました。
今日はのんびりと運動ができました。
いつものように、時計は動き続けていました。昨日のハーフマラソン・スタートから23:48:59、フルマラソンは23:08:59となっています。
10月9日、前日から始まった今年のシルクスクリーン展:SILX’18に行ってきました。
SILX’18 10月8日~10月14日
Gallery キャナル長堀
長堀通りの入口から入ってすぐに、外の景色の作品がありました。一目でわかる、リーダーの和田さんの作品です。前のバス停屋根が造られる前の風景ですね。
右隣(外から見える窓側)の作品もとても魅力的です。
作品群です。
照明の位置・角度との関係で、撮影がむずかしい。
シルクスクリーンでこういうグラデーションを表現するのはむずかしそうです。和田さんに解説していただきましたが、ちゃんと理解できたとは言えません。
来年のカレンダーです。
今年の無料体験コーナーはクリムトの作品でした。
最後の刷り前の状態です。
黒のインクを刷り込むと完成です。
写真ではシルクスクリーンの仕上がりの色と質感は出ないものですね。
そろそろ帰ろうと思ったころに闖入者です。パスカルが「ひつじのショーン」の仲間になったみたいなスタンダード・プードルです。
突然、中に入りたがったのですよ、と飼い主さんの話でした。外でしばらく触らせてもらいました。パスカルより1歳上の10歳だそうで、大阪で夏バテしないかなど、もっとゆっくり話をうかがいたかったのですが、残念でした。
9月11日、佐川美術館(滋賀県守山市)までドライブしました。9月17日までの田中一村展のチケットをいただいていて、いつ行くことができるかを考えると、週末は無理なので、天気がマシな今日になりました。
第二京阪から京滋バイパスを使って1時間半ほどのドライブです。昼過ぎの到着で、館内のカフェでランチもゆっくりできるだろうと思っていたら、駐車場入口で「満車」となっていました。バスも多く来ています。ドライブレコーダーの画像を切り取りました。
少し離れた第二駐車場に行くと、ここもほぼ満杯で、空いているところはちょっとしかありませんでした。
第二駐車場から5分ほど歩いて到着です。
なかなか広い敷地で、建物が水で囲まれています。狭山池博物館を連想しました。
わかりやすくない動線配置ですが、案内図をチェックしつつ、たどり着きました。かなりの混雑ぶりで、途中のカフェは長蛇の列でした。
ここも会場内は写真撮影禁止です。一村が7歳の頃からの絵が展示されていました。絵そのものはよくわかりませんが、書が17歳くらいまでと19歳くらいからでかなり異なり、味わいのある筆跡に変わっていたのが印象的でした。
今回の展示で期待したのは「アダンの木(アダンの海辺)」でした。しかし、とても残念でしたが、この絵の実物は会期途中から別の美術館(箱根・岡田美術館)に移ってしまっていました。
だいぶん前ですが、この絵を画集で見たとき、学生時代に奄美地方を旅行していて、奄美大島の海岸で初めてアダンが自生しているのを見たときの風景とそっくりだと思った記憶があります。
十数年前にこの絵の年代再確認があったそうで、その結果、田中一村がこの絵を描いたのはちょうど私が学生時代に旅行していた頃だったことがわかりました。この絵の実物に会いたかったですね。
会場を出たところにリトグラフの販売案内がありました。会場内の複製とこれをじっくり眺めるしかありませんでした。
佐川美術館は別館(地下)に楽茶碗の展示があると同時に、通路に多くの佐藤忠良のブロンズ像が置かれています。佐藤忠良が旧制中学時代まで過ごした北海道でもよく見ましたが、ここは相当の数を収集しているそうですね。
これらは写真撮影はOKです。
なかなかいいですねえ。
こういう小さな作品は特に親近感があります。
この「ふくろう」はブローチになってショップで販売されていましたが、円形の浮き彫りのようになっていて、ちょっと残念でした。
とても混雑していて、食事ができなかったので、休憩もなしに2時間足らずで出てきました。出る頃には「田中一村展」の入場が制限されていました。今日はウィークデイだから空いていると思いましたが、同じように思ったシニアたちでいっぱいという印象でした。
帰り道は琵琶湖に沿った「琵琶湖さざなみ街道」を走りました。ナビの地図を下(南)に行きます。
すぐ近くに「道の駅」があって、遅い昼食となりました。
さざなみ街道は琵琶湖の岸辺を走る快適なドライブでした。
前を走るのは久しぶりに見たルノー・スポール・スパイダー(Renault Sport Spider)です。もう20年くらい前の短期生産でしたが、きれいに手入れされて、いい音が出ていました。これもドライブレコーダーの画像です。
今日のお土産です。
案内チラシの上に置いている小さな瓶は、田中一村のアダンとアカショービンの絵をラベルにした焼酎です。ミュージアム・ショップで売っていました。
2018年5月31日
5月29日、48年ぶりに万博会場(万博記念公園)に行ってきました。
今年になって太陽の塔の内部公開が始まりましたが、1ヶ月くらい経って予約サイトを眺めてみたら、もう4ヶ月先まで満杯でした。来年あたりだったら行けるかな、という気持ちでした。ところが、5月に入ってからのTVニュースで、予約者が当日に現れない率が20%にもなることがあるという報道がありました。予約もキャンセルも無料だからだそうです。そういうニュースが出ると、ちゃんとキャンセル手続きをする人が多くなっているかもしれないと思い、ニュースの数日後(5月6日)に予約サイトを眺めたら、2週間ほど先からポツポツと空きが出ていました。
予約サイトでの確認は少々手間でした。カレンダーに空きを示す「○」が出るのですが、○を押してから予約手続きを始めないと、その空きが何時かがわかりません。今回はラッキーにも都合のよい午後3時でした。
この記事を書いている5月31日に眺めた予約サイト画面です。かなりの空きが出ていますので、平日なら行きたい直前にチェックするのでよさそうですが、時間帯はわかりません。なお、予約手続きの前にメールアドレスや電話番号などを登録する必要があります。
せっかく万博記念公園に行くのだから、予約時間の3時まで、以前から行きたかった民族学博物館を訪れることにして、昼頃にモノレールに乗りました。鳥飼基地はやはり写真を撮りたくなります。
万博記念公園駅で降りると、駅構内に面白いオブジェが置かれていました。
丸太を束にして球形に加工してあります。説明板には「大阪モノレール美術館」と書かれ、大阪トリエンナーレ1998 グランプリ受賞作品(作者は韓国の李 在孝)とあります。ガンバ大阪のスタジアムがある場所柄、サッカーボールかなと思いましたが、「無題」となっていました。
構内の端にも置かれていました。
こちらは細い丸太を組み合わせて球体に切り取っています。興味深く眺めていたら、ツバメが飛んできて、ガンバ大阪2018シーズンスローガン『奪還』へのファンの寄せ書きの上に2羽とまりました。
この駅の構内は広くて、ツバメが飛び回っています。改札を出るときに駅員さんに聞いたら、放っておくと巣を作るんですよ、と笑いながらも困り顔でした。楽しい風景ですが、乗降客への落とし物があると困るんでしょうね。むずかしいところです。
さて、万博記念公園の入口まで駅から10分くらい歩きました。蒸し暑くなってきています。48年前に来たときも同じ時期で同じような暑さの記憶があります。当時のアクセスは地下鉄御堂筋線の延長(北大阪急行)で「万国博中央口駅」でした。大阪モノレールは1990年の開通ですが、別のモノレールが会場内輸送として走っていました。
万博の時は樹木がほとんどなかった記憶ですが、今は森になっていて、太陽の塔は森より高く聳えています。でもこの景色はモノレールから何度も見ています。
しかし、近くで眺めると、周りには木がないので、地面からそそり立っています。地上高70mだそうで、大きいと言うより巨大ですね。
48年前に見たときはトラス構造の巨大な屋根が周りにあったので、野原に立っている姿は初めて見ました。いろんな角度から写真を撮りながら、3時までの2時間ほどを過ごす民族学博物館に向かいました。塔の後ろは大きな広場になっていて、その端に当時のトラス屋根の一部が置かれていました。
太陽の塔から10分ほど歩いて、国立民族学博物館に到着です。
万博当時の収集資料品の特別展示が今日まででした。まずは1階のレストランでカレーのランチをとって、2階の本館展示場に向かいました。とても膨大なコレクションですね。撮った写真は多かったのですが、ここでは2点だけ。
入口の手前にいくつか「対比あるいは類似」の展示がありました。「ガーナのエビ形の棺桶」と「オーストラリアの筒状の骨箱」です。
オーストラリアの木彫「ディンゴの一家」。これは1991年のリン・オナスの作品です。
1時間半歩いて1/3くらいしか観ることができませんでした。常設展はここまでで、続きは次回以降として、今日までの特別展を覗いておきます。70年万博のために収集された資料品の展示です。ここも素通りに近い観覧で20分ほどかかりました。
午後2時40分に太陽の塔の裏側に戻ってきました。とても蒸し暑くなっていました。樹木は多いものの、歩くところには日蔭が全くありません。
すでに3時からの入場者受付は始まっており、QRコードを示して入場券とパンフレットをもらって入りました。
ここから先は撮影禁止です。フラッシュ禁止くらいでいいのにと思いますが、立ち止まらないようにしているのでしょうか。
地下から始まって、16人単位でゆっくり階段を上っていきました。昔はエスカレーターを行列で上りましたね。耐震の観点からエスカレーターは取り外されたそうです。内部の記憶は進化の木と恐竜くらいです。再製作や補修された展示物が多いようですが、恐竜などはそのままでした。
万博当時の出口は右腕の先から大屋根に移る方法でした。今は腕の出口は封鎖されていますが、腕の内部がパイプのトラス構造で曲面がきれいに作られている様子がよくわかりました。
現在の出口は別の閉鎖階段で11階から地下まで降りていきます。ここから先は撮影禁止ではありません。写真を撮ったのは10階に降りた時からです。こんな写真でも、一応は太陽の塔の内部写真です。
8階からは回っていく廊下に展示がありました。最初は岡本太郎の言葉です。ライトが強すぎて上の文字が写りませんでした。爆発ではなく呪術だそうです。
7階には製作時の記録写真がありました。
6階は展示の説明です。
5階は今回の公開に至るまでの工事の説明です。
入口の横の出口に出たのは3時半少し前でした。30分足らずで短かったと言えるでしょうが、内部展示品は今となっては上野の国立科学博物館と比較にならないようなものですから、時間はそんなものですね。
お土産は海洋堂の1/350の太陽の塔です。海洋堂は近所だし、通販でも売っている製品ですが、前から欲しかったので、太陽の塔再訪記念にしました。
いずれ、目にLEDを入れる加工をするかもしれません。
モノレール駅までの帰り道は暑く、駅に着いた時には熱中症のような感じ(なった記憶はありませんが)でした。次回は涼しい時期にクルマで来るのが良さそうです。
今年(2018年)3月から5月にかけての淀川河川敷の風景をまとめました。
3月1日、河川敷は冬の雰囲気から少し青が増えてきたように思えます。
3月2日、堤防に上がる公園の梅がほぼ満開になりました。
3月4日、寛平マラソンが始まります。
遊歩道横に枯れた雑草がペットボトルから伸びていました。小さな頃に底に穴を開けたペットボトルを被せられたのでしょうか。
3月11日、ウグイスがよく鳴いています。
パスカルは日課のジャンプ遊びを楽しんでいます。あらためて見ると、パスカルはジャンプ時に前足を交差させていますね。
3月18日、第8回淀川国際ハーフマラソンが始まります。
これから走るという方に可愛がってもらいました。
3月27日、河川敷の垣根になっている樹木の花が満開になりました。
3月31日、堤防手前の公園の桜が満開になりました。
4月1日、河川敷の草木に新緑が目立つようになりました。
4月2日、散歩中に見かけた河川敷の草花たちです。
4月6日、少し風が強く、桜が散り始めました。
4月9日、ワンドで白鷺(ダイサギ)が水中を狙っていました。
4月15日、公園の藤が満開です。
4月25日、雨上がりの水溜まりにカモがくつろいでいました、
4月27日に見かけた草花です。
4月28日、ワンドをアオサギが歩いていました。
5月1日、河川敷は新緑でいっぱいになりました。
5月3日、馴染みの鳴き声のウグイスです。
残念ながら、この日を最後にして、この鳴き方(ホー・ホケケキョ)は聴こえなくなりました。この鳴き方は幼鳥の下手な鳴き方と言われているようです。あるいは、このあたりの「方言」かもしれません。でも、この日以降に聴こえるのは普通鳴き(ホー・ホケキョ)ばかりです。
5月中旬の草花です。
5月25日、だいぶん野草が伸びてきました。そろそろ草刈りでしょう。
5月に入ってから、オオヨシキリが多くなり、河川敷が賑やかになってきました。BGMにパスカルの荒い息が入っているようです。
5月28日、河川敷の物置の下にヘビイチゴがありました。毎年、同じ場所にひっそりと実ができています。
5月30日、本降りでしたが、久しぶりにパスカルに合羽を着せて散歩です。喜んでいないときは下を向いておとなしくしています。
相変わらず、パスカルは雨が嫌いです。散歩は堤防の上までで、河川敷には降りませんでした。
6月に入ると、雨と暑さの季節になります。パスカルはドライフードにミルクをかけてやらないと食べなくなりました。これまでの散歩は8時頃出発でしたが、これからは7時頃にシフトしなければなりません。
4月12日、午後から造幣局の桜を眺めに出かけました。前日に行こうとしましたが、かなりの強風で今日になりました。
地下鉄天満橋駅を降りた時から大勢の人が造幣局方面に歩いていました。天満橋の歩道は通り抜けに向かう人たちが続いていて、追い越すのはあきらめました。
天満橋から見る八軒家の船着き場です。曇り空ですが暖かく穏やかです。
天満橋を渡り切って振り返ったところです。橋の歩道は向かって右が来た道、左が帰り道になっています。
南門に到着です。ここから一方通行の通り抜けが始まります。平日の午後でこれだけの人出というのは驚きですが、外国からの団体客が多いようでした。
ここからはいろいろな八重桜を楽しむことになります。もらったパンフレットには桜の説明が「あいうえお」順でわんさと書かれていますが、人混みの中でじっくり読む気にはなりませんし、どれが貴重なのか、有名なのかもわかりませんので、ただただ現在満開の桜を眺めることになります。一応、それぞれの桜の横に説明が記されています。これは妹背。
これは長州緋桜。
これは園里黄桜。
昨日の強風のせいでしょうか、満開が6~7割、ほぼ散ったのが3~4割といった感じです。
15分ほどで中門に到着です。
左側には造幣博物館がありますが、通り抜けの期間は休館しています。
その先に、わかりやすい桜がありました。「いにしへの奈良の都の」八重桜です。
通り抜け通路横に洪水碑がありました。明治18年の淀川洪水で碑の横線まで浸水したようです。
明治3年(1871年)造幣局創設当時のガス燈が置かれていました。
その先に、藤棚と見える白い花が見えました。
百年を超える藤の古木だそうです。明治天皇行幸の際の生け花に使った藤を挿し木して育ったそうです。根の近くは芯が無くなっているようですが、見事に咲いています。
次いで、雰囲気のある鉄のゲートがありました。
欽明門となっています。これも明治天皇がらみのようです。
桜が人よりも背が高かったので、多くの人がいることはあまり気になりませんでした。
通り抜けは子供の頃に連れて来てもらったことがありますが、桜や記念物などの記憶はまったくありません。大川の土手との間に柵がありますが、昔はなかったような気もして、土手あたりで朝鮮の人たちが音曲と踊りを楽しんでいたのを眺めていたような記憶があります。とってもあいまいな記憶です。
人の波が動く速度で、ほぼ30分で北門(出口)に到着しました。
造幣局の外塀には桜の灯火が取り付けられています。
帰りは南森町駅まで歩きました。
おみやげは、造幣局の記念品ショップで、鋳造品ではなく、ゴーフルを買いました。右はチェックに来たパスカルの鼻です。
2018年3月31日
桜が散り始めた3月30日、新装なった(3月7日オープン)パナソニックミュージアムを訪ねてみました。京阪守口市駅から門真市方向に高架横の通りを歩いて5分ほどです。
パナソニック本社の一部で、隣には安藤忠雄設計の「さくら広場」があります。
さくら広場は後で休憩がてらとし、松下本社の入り口に続く通りを渡ると「ものづくりイズム館」ですが、ここも後から見学で、通り過ぎました。
この建物は、実は以前の「松下電器歴史館」でした。昨年の2月に訪ねたことがあります。その時の写真です。
改装されたのですが、違いがわかるでしょうか。手前の銅像が今はなくなり、モニュメントに変わっていますが、建物のほうで、玄関あたりが違っています。
以前の玄関周りにあった丸いステンドグラスが外されて壁になり、ステンドグラスは新築された「松下幸之助歴史館」に移されています。
ものづくりイズム館を通り越して、新築された「松下幸之助歴史館」に行きます。よく似た新しい建物です。どちらにも屋根に舵輪が飾られていますが、白と黒に塗り分けられています。
外の道路から見たミュージアムの入口です。
「松下幸之助歴史館」と「ものづくりイズム館」の2つの名前があります。すぐ後ろに見えているのが松下幸之助歴史館です。この歴史館が新しく建てられて、玄関周りのステンドグラスが移されています。銅像もこちらに置かれていますので、ここに立つと、以前の松下電器歴史館のように感じます。
中に入ります。入場無料です。
玄関の内側には、新築開館祝いの蘭の花が並んでいて、オープン記念・スタンプラリー(4月10日まで)の案内が置かれていました。
中は広いスペースに松下幸之助の人生がよくわかる配置になっています。
多くの展示品は以前の松下電器歴史館に置かれていたものでしたが、広くなっても、相当な量の展示です。初期の松下製品なども置いているからでしょうね。
パネル展示も多くなっていますが、不思議な現象がありました。パネルを照らしている照明で、目で眺めていると普通の昼光色のように見えるのですが、カメラを通すといろんな色になります。これは赤紫です。
続いてシャッターを切ると、薄い黄色になっています。
多色のLEDを切り替えているのでしょうか。早く切り替えるから、目では昼光色しか見えないのかもしれません。
次は「ものづくりイズム館」です。
初期の松下からの製品が所狭しと並べられている一方、ゆったりとした展示もありました。ここでは「ものづくり」のイベントが時々あるそうです。
この館で楽しかったのが巨大パネルスクリーンに写される動画です。パナソニック製品が右から左へと流れます。
巨大パネルの手前にLED照明のあるポールが立っていて、その上に空気センサーが付いています。そのセンサーに風を送ると画面が動きます。
動画を撮ってみました。音が入っています。
右の方のセンサーに風を当てると左に動き、すべてが左端に溜まりますが、左の方のセンサーに風を当てると右に動いていきます。すべてのセンサーにみんなが同時に風を当てるとどういう動きになるのでしょうね。
こんな記念撮影スポットもありました。
スタンプラリーの結果です。抽選で白玉(最下位?)を出して、特製メモ帳をもらいました。
帰りがけに「さくら広場」に寄りました。桜はすべて若いですが、よく咲いて、どんどん散っていました。
ここのモビールはなかなかのものですね。音は出ません。
水辺が作られています。
この奥あたりに、松下幸之助 門真旧宅があるそうですが、限定公開だそうです。
すぐ横の京阪電車の高架を見上げると、ちょうどエアセクション(異なる変電所からの架線を区分している場所)の標識が見えました。
これから10年後くらいの桜の成長が楽しみです。