2020年1月1日です。
パスカルは元気に2020年を迎えることができました。
抗がん剤治療でリンパ腫が小さくなり(寛解状態)、去年の9月頃から涼しくなったので、様子を見ながら淀川河川敷の散歩を再開しています。現在は脱毛があるので、Tシャツを着せています。
元旦は散歩する人もほとんどいません。
ジャンプや走らせるのはやめるようにしていますが、歩く動きは悪くありません。動画です。音は出ません。
今年もよろしくお願いいたします。
2019年10月24日
パンタグラフはずっとLGB製を使うかどうかを考えていました。
あらためて眺めて、やはり、斜めのトラス構造や上の集電部などの形が気になるので、自作してみることにしました。
構造はLGBを真似しますので、上下と横をスキャナーで寸法取りしました。
真鍮板は0.8mm厚、枠材は1.2mm径のステンレス(バネ)線です。
上の枠を取り付ける可動部分はラグ端子の細い穴(1.5mm径)の部分を切り取って使っています。枠の下部ができました。
フレームに取り付けてみました。これから細部の調整です。
ラーメン構造の横梁の取り付けは最後にしないと取り外しできません。そこで、直接のハンダ付けではなく、薄い銅板をハンダ付けしておいて、最後に巻きつけて固定する予定です。
集電部です。真鍮板を成型して、薄い銅板を摺り板としてハンダ付けします。
貼り付けて磨きました。
先端を曲げて、ステイで固定しました。
出来上がりです。ちょっと不揃いですけどね。
上部を作りました。仕上げ段階まではテープで仮止めしています。
組み上げた状態です。バネは3ミリ径の引きバネです。
調整のため、下部の横梁は取り付けていません。
この段階で気がついたのは、レイアウトにトンネルがあることでした。サイズのことをまったく考えていませんでした。
トンネル前で屋根に置いてチェックしてみました。
とんでもなく大きかった、という感想です。半分くらいにしたい気分です。これでも、ベースのフレームを屋根の形状に曲げて、数ミリは低くしています。
LGB(右)と並べてみました。
仕方がないので、ベースのフレームを小さくしてみました。
LGB(右)とほぼ同じくらいです。
これくらいが限界です。いずれにせよ、トンネルを通るときは架線を取り付けて下げる工夫が必要です。
LGB製は押し下げてフックで止めるようになっていますが、手製は最後は下がったままになります。
これはバネを取り付ける位置とバネの強さで調整できます。2つのパンタグラフの動きの動画です。音は出ません。
テープ止めにしている横梁は、塗装してから固定します。
いろいろ不出来な点はありますが、これでOKとします。試行錯誤でけっこう時間がかかり、延べ2カ月くらいの工作でした。
2019年10月17日
今年のシルクスクリーン展:SILX’19は10月14日から20日までの開催で、17日に行ってきました。会場はいつものGallery キャナル長堀です。
今年も興味深い作品が多くありましたので、ゆっくり眺めていました。
撮らせてもらった写真を何枚か並べてみます。
恒例の来年のカレンダー販売ですが、もう残部僅少だそうです。
今年の刷り体験はマチスの切り絵「ポリネシア、空」でした。
2色なので、薄い青が刷られた版が置かれています。
これに濃い青を刷ると完成です。
なかなか品のある作品になりました。
来年も楽しみです。
2019年9月30日
久しぶりの続きです。暑い夏の間もほんのちょっとずつですが、作業は続けていました。ともかく、ごく限られた外観写真だけで模型を作るのは大変です。写真を眺めながら、工作前の準備で大半の時間が過ぎていきます。作るべきパーツの形がおおまかにイメージできてから、技能レベルに合わせた材料選び(紙、木、金属、プラ)に進みます。
乗務員用ハシゴの位置決めは、車輪との干渉を無くすために、なかなか微妙な作業でした。
ハシゴを取り付けた床下機器取付板ができました。
個別の床下機器は実態がわからず、ボケた外観写真から想像しながら作っています。
主抵抗器は以前に木で作っていましたが、プラで作り直しました。
床板+鉄骨フレーム+床下機器を仮組みしてみました。
すべてをネジ止めにしているのは、塗装の時に分解するためと、失敗したときに作り直しやすくするためです。1つのパーツを作るのに何度も試行錯誤が続いてきました。
床板に紙製のキャビンと前後のカバーを置いてみました。キャビンを床板の上に置いたので、少し高くなっています。いずれ、床板の厚さ分、低くなります。こちらが運転席のある、いわゆる山側(公式側)で、左が和歌山方向、右が難波方向になります。
反対側(海側)です。
前面のブレーキホースを作ってみました。百均で買った1.5mmと1mmの針金をバネに通して蛇腹を表現してみました。フレームに貫通させて止める部分はM2(2mm)の小ねじを切り取ったものをハンダ付けしています。
フレームの前面パネルに取り付けてみたところです。車両の前後(難波向きか和歌山向きか)でちょっと位置が違うことがわかり、後で修正しました。
車両正面が下部のLGBの連結器だけだと間延びしてさみしいので、フレームに装飾として、KadeeのGゲージ用連結器を取り付けてみました。
横から見ると、当然ながら連結器の基準器とまったく合いませんが、雰囲気は出ました。こうやって眺めてみると、LGBの連結器が排障器のように見えて、不自然さを感じなくなりました(そうかな?)。
Kadeeの連結器は開放ピンが上に出ますので、ちょっと針金で細工して、実物のような開放動作ができる予定です。
以上で下回りは終了で、塗装待ちになります。
2019年8月7日
3年前にHOのヤードの屋根としてベニヤ板を塗装して置きましたが、屋根の長さが7両に少し足らず、機関車などの8両目の先頭車両が丸々はみ出していました。
その後、1・Gのヤードの屋根に使った3mm厚の透明アクリル板がちょうどいい具合の三角形で残っていたので、透明の延長屋根を取り付けることにしました。
枠をニス塗りして、先頭車両のカバーができました。コンクリート製の建屋と木製のアプローチというイメージです。
夜の雰囲気も悪くなさそうです。
こういう状態で2年が経ちましたが、屋根全体を透明にしたほうが留置車両を眺めて楽しむことができると思いつき、ベニヤ板を透明アクリル板に置き換えることにしました。
3mm厚の透明アクリル板の通販価格を調べると、ベニヤ板と同じ寸法(900×600)の2枚よりも、その半分(450×600)の4枚のほうが4割くらい安上がりになることがわかり、4枚を注文しました。
ところが、届いたアクリル板を置いてみると、現状の6本の独立した横梁だけだと、板がしなって、継ぎ目部分がずれることが判明しました。ベニヤ板と同じ寸法だったら、しなることがなかったのかどうかはわかりませんが、ともかく、梁を増やすしかありません。
横梁3本を斜めの梁でつないでみました。
しかし、これでもアクリル板は水平にはならず、縦梁も必要でした。
これでやっとOKだったので、塗装しました。元の梁を薄いグレーで塗装してあったので、同じ色にしましたが、この水性塗料は上にアクリル板を置くとくっつきそうな気がします。後で対策を考えることにします。
今後の整備のため、LED照明用の配線を梁にわたして、下から回しているDC電源ラインにコネクターを入れました。これでヤード建屋の取り外しが簡単になります。
完成です。
夜の眺めです。
アクリル板に塗料が移らないように、塗装後2週間ほど置いて、上面をペーパーで磨きましたが、まだちょっと怪しい雰囲気なので、しばらくは様子見です。
札幌時代(2007年)のDCC化の工作です。
メルクリン(Märklin)の1番ゲージ(1/32)で、スイスの貨物用電気機関車Be 6/8 II 13254(メルクリン型番5556)です。
スイスでは急勾配とカーブに適合させた「連接式」の機関車が100年以上前から開発されていました。この連接式は前後のボンネットの下に動力装置が入り、中央のキャビンが前後のボンネット下の台車と特殊な心皿でつながって可動式になっています。そのため、カーブに合わせて左右にくねくねと動くので、クロコダイル=ワニ(英語:Crocodile、独語:Krokodil、略称:Kroki)と呼ばれています。
この種の機関車を最初に知ったのがいつかは記憶にありませんが、南海の凸電(凸型電気機関車)を複雑に巨大化したような、とても楽しそうな機関車があるもんだと思っていました。電動モーターで動くロッドで蒸気機関車と同じ形の動輪を駆動しています。
Be 6/8 II 13254は1919-20年にCe 6/8 IIとして製造され、その後1940年代に改造されてパワーアップし、Beになったそうです。最初の文字がA~Dの場合は標準軌の最高速度(Aは80km/h以上、Bは70~80km/h、Cは60~65km/h、Dは45~55km/h)となっています。この車両はCからBへ格上げされたことになります。2文字目のeは電気機関車を表します。6/8という数字は古いスイス国鉄の表記方式で、6は動輪軸の数、8は前後の先輪の軸を加えた数となっています。現在の形式表記(UIC)では1-C+C-1となります。IIは初期型の改良機という意味です。
実機を見たことはなく、1992年にスイスへ鉄道旅行した際、ひょっとしてと少し期待しましたが、1980年代にすべて引退していて、クロコダイルを見かけることはありませんでした。それでも、この型は7輌が解体されずに保存されているようで、動態保存されている車両もあり、YouTubeに動画が出ています。この13254号機はルツェルンの交通博物館に静態保存されているそうです。
メルクリンが1番ゲージのスイス・クロコダイルを出したのは1933-4年だそうで、型番はCCS 66 13021(すぐに12921に変更)、ボディも鋳造製のように見えます。その頃からクロコダイルは人気だったようです。この時期のモデルは2017年のオークションで3万9千ユーロの値が付いたという情報がありました。
戦後に改訂版が何度か出た後に、1983年に5754として新版が製作されたようです。入手した5556は1990年頃の製品でしょうか。2007年1月、eBayドイツに出品されていて、他のビッドはなく、格安で購入できました。グリーンはCe 6/8 IIの初期色を踏襲しています。他にはブラウンもあります。
2001年にメルクリンは55561という型番でmfxサウンド(メルクリンのDCCサウンド版)を組み込んだ同じモデルを出していて、2,500ユーロくらいで、新品はとても手が出ません。このシリーズも生産終了となった現在は、eBayで格安とは言えませんが、まあまあ(半額くらい)の値段になっているようです。
今年2019年、クロコダイル人気は衰えないようで、メルクリンは1番ゲージのクロコダイル新製品55681(Ce 6/8 III)を発売しました。価格はまた上がって、3,500ユーロとなっています。写真を見ただけですが、とても精細な作り込みになっていて、博物館用モデルの感じで、走行を楽しむには勇気が要りそうです。
そういうその後のモデルはさておいて、5556を開封してからの作業です。ホコリもなく、ほとんど箱に入れたままだったようです。
両側の緩衝器までの長さは61cmあります。体重計で重さを量ってみました。
5.2kgでした。床と台車部分はダイカスト(鋳造)製ですが、ボンネットとキャビンの上物は樹脂製です。分解したときに計量したら、前後のモーター台車+ボンネットがそれぞれ2kgほど、中央のキャビン+床が1kgほどでした。
メルクリンに限りませんが、1番ゲージの車両はかなり精巧に作られていて、かつ重いので、持ちどころが悪いとパーツが簡単に壊れてしまいます。LGBも重いですが、これほど気を遣うことはありません。
重いし、動輪にトラクション・タイヤ(シリコンゴムの滑り止め)が付いているので、相当な牽引力がありそうですが、長編成を試みる機会はありません。
同封の説明書には、当時に始まっていたメルクリン・ディジタルの説明が入っていました。
入手した5556からはディジタル制御ができるようになっています。ただし、ヘッドライトの点灯だけですね。1番ゲージの55xxシリーズは蒸気機関車も含めて9種類あって、それぞれに少しディジタル制御可能な項目が違うようです。ヘッドライト以外にできることは、蒸気機関車のスモーク(煙発生装置)、警笛、ベルくらいです。いかにも鉄道模型ディジタル化草創期という時代が見えます。
恒例で、古い製品を購入したら、DC電源で簡単に動作をチェックし、すぐにDCC化のために全体を分解していきます。これが一番楽しい作業です。DCCボードはこのクロコダイルのサウンド・ライブラリーがあるESUのLokSound XL(V3)を入れます。
LGBやメルクリンの機関車にはパーツリストや分解図がありますので、分解は比較的容易です。同封されていなくても、ネット上に多く見つかります。
中央のキャビンを取り外しました。
キャビン内部には制御基板が入っています。不要なので、取り外します。
写真の左が元の基板、右がサウンド・デコーダーLokSound XLです。
LokSound XLをキャビン内部の見えない空間に入れておきました。
キャビン内の運転台にはドアを開けると指が届くところに、パンタグラフから架線集電をする切り替えスイッチがあります。これは有効のままにしておきましたが、使う予定はありません。
前後のボンネットとキャビンを外した下回りです。
動輪のギヤボックスです。掃除してグリスを交換しておきます。
スピーカーを取り付ける場所はキャビンの床しかありませんので、下回りを分解し、床だけにして、スピーカー用の穴を開ける準備です。
ダイカスト製で硬かったのですが、何とか穴を開けました。
スピーカーを取り付けて、デコーダーをつなぎました。
オリジナルの回路からLokSoundに置き換えています。
前照灯は台車に置かれた電球をボンネット裏の透明プラスチックの導光で使っています。
これを再利用する方法も考えたのですが、電灯のレンズが不透明になっているのが気になったので、LEDを直接嵌めて比較してみました。左がオリジナル、右の上部がLEDに替えたヘッドライトです。
電灯のレンズにはWAVEのアイズ(日本製)という安いプラスチック製品がぴったりなので、個別のLEDにしました。プラ粘土を使って、LEDを取り付けています。
電球らしくなりました。
点灯時は半世紀以上前の機関車としては明るすぎたかもしれませんね。気になったら調整します。なお、運転席にも灯りを入れてみました。
以上が札幌時代の作業でした。その後の大阪でも元気に走行しています。最近(2019年8月)の動画です。いずれも大きい音が出ます。
LokSoundのサウンドをいろいろ出してみました。うるさいです。
トンネルから出てきます。
駅に停車して、電源を落とすところまでです。
2019年7月21日
最近はNWSLで検索すると、アメリカ女子サッカーのプロリーグ(NWSL: National Women’s Soccer League)ばかりが出てきますが、ここでのNWSLは「NorthWest Short Line」という、ワシントン州シアトルで鉄道模型のパーツやツールを作っていた小さなメーカーの名前です。2008年にオーナーが変わってモンタナ州ハミルトンに移りました。そのNWSLが廃業するというのを知ったのは、7月に入ってから久しぶりにホームページを眺めたからでした。
トップページに、誰か継いでくれる人が現れない限り、2019年8月30日で事業を終了しますので、新規注文は7月1日で打ち切ります、というメッセージがありました。もう注文はできないし、eBayからもNWSLの製品はほとんど消えています。
NWSLは初めは真鍮模型の輸入販売をやっていたそうですが、HOからGゲージまでの車輪やギヤなどの交換部品を独自に揃えるようになり、面白いツールも出しているので、世界的にファンが多いようです。私も何度か車輪やツールを購入したことがあります。
ツール類は「手作り」みたいなものが多いですね。
購入したツールのベンダー(THE BENDER)です。鉄の両刃をギロチンみたいに上からネジで押して、下に入れた薄い真鍮板(0.5mm厚以下)や真鍮線をくっきりと90°まで曲げることができるというものです。実際には0.3mm以上の厚さで90°は無理で、45°くらいまでです。後はペンチなどで曲げます。有効幅は78mmです。これにはシアトルの地名が入っています。
確かにくっきりと曲がりますが、90°なら、ペンチかバイスで咥えて軽く板金ハンマーで叩けば、ほとんど同じくらいになります。むしろ、このベンダーの利点は、複数の板を正確に同じ位置で曲げることができることでしょう。
製作中のGゲージ南海凸電の乗務員乗降ハシゴを作るために正確な幅で折り曲げたいので、ベンダーを使いました。0.4mm厚8mm幅の2枚をセットします。
左側がベンダーで曲げた状態、右側はペンチで90°に曲げた状態です。
右は完成品です。
これで価格は$50でした。それなりに便利ですが、必需品とは言えないかもしれません。
次はプラー(THE PULLER)で、車輪を車軸から抜くためのツールです。これもシアトル時代です。Gゲージでも小さな車輪なら使えます。車輪を下の枠に引っかけて、上からネジで車軸を押していきます。
動作的にはプラーではなくて、プッシャー(Pusher)じゃないのかと思ってしまいます。車輪を車軸に挿入する場合は、ネジの先に車軸の入る円筒を取り付けると、車輪を押すことができます。これはよく使いました。これも金工の知識があれば自作できそうですが、価格は$25と安価です。
もう一つは、HOのクォータラー(THE QUARTERER)です。これはハミルトンに移ってからの説明書になっています。
クォータラーは蒸気機関車の動輪対に付いているクランクを90°に位置合わせするツールです。これまで使う機会はなかったのですが、一度トライしてみたいと思いつつ、不調の機関車がないので、そのままになっています。これは$40です。なお、少し大きい動輪用のQUARTERER II($140)やOゲージ用のQUARTERER III($186)もあるようです。
購入製品ではありませんが、真鍮板にリベット表現が簡単にきれいにできるというのを知ったのもNWSLの製品でした。真鍮板に小さな突起を作るリベッターです。NWSLの製品はTHE SENSIPRESS+($130)とTHE RIVETER($90)の組み合わせになって、ちょっと高すぎると思っていたら、ニュー・ジャージー州にあるMicro-Markという大手模型工具会社の通販セールがありました。Micro-Mark社製のリベッターが半額近くになっていたので購入しました。
NWSLの製品写真と見比べてみると、ネジ穴の位置が少し違うくらいで、瓜二つです。購入後、しばらく経ってからNWSLのホームページを眺めたら、「Micro-Markという大きな会社が我々の小さな会社が発明・発売したリベッターを模倣して販売している。我々の死活問題であるから即座にやめてほしい!」という抗議のメッセージが出ていました。こりゃ申し訳ないことをしたという気持ちになりました。経緯は知りませんが、その後、Micro-Markの製品リストからリベッターは消えています。
鉄道模型のパーツやツールというニッチで興味深い製品を家内工業的に作ってきたNWSLが消えるのはとても残念ですね。ホームページにも鉄道模型のフォーラムでも、誰か会社を継いでくれる人はいないか、という話が出ていますが、現在のところ、廃業予定の文言は変わっていません。
追記(2019-08-27)
今日、確認のためにNWSLのサイトを眺めてみたら、8月19日付のアナウンスで、NWSLの従業員の一人が会社を引き継ぐことになったそうです。9月3日からNWSLの連絡先は同じモンタナ州のキラ(Kila)に移って再開するとのことです。よかったよかった!
2019年7月19日
6月20日、パスカルは10歳の誕生日を迎えました。
スタンダードプードルの寿命は12~15年と言われていますし、パスカルのおおらかな元気良さを見ていると、15歳は問題なく大丈夫とずっと思っていました。それが急変して、なんとか10歳の誕生日を迎えてくれて嬉しい、というのが今の気持ちです。
パスカルは3月末から体調不良になり、悪性リンパ腫ステージ3~4という獣医の診断で、5月から抗がん剤投与を続けています。4月頃は今年の誕生日を迎えるのは無理かもしれないと思っていましたが、抗がん剤の効果で、それなりに元気で10歳という2桁年齢になってくれました。7月現在は寛解の状態です。
誕生日の夜は特別ご馳走、牛肉のバター炒め、塩コショウなしです。
以下は闘病メモです。長くなりそうです。
以前から首輪が当たるあたりに瘤ができていたのはわかっていたのですが、パスカルは脂肪腫(良性の脂肪の塊)ができる体質なので、首下の瘤もそうだろうと思っていました。それでも、4月からは首輪をやめて、胴輪とジェントル・リーダーを二重に使っています。
4月下旬になると極度の食欲不振になりました。毎年恒例になった夏バテが1カ月以上早まったかと思いましたが、いつもの夏バテとは思えない食欲不振です。これはちょっと様子が違うと思い、4月29日という連休の始まりでしたが、野良猫たちのTNRをお願いした動物病院に連れて行きました。
瘤は首や鼠径部などに左右対称にできていて、脂肪腫ではなく、リンパ節の腫れ(リンパ腫)だと知りました。良性か悪性かの確認のため、リンパ腫の細胞を採取して検査(札幌)に出してもらいましたが、連休のため、検査結果が届くのは1週間後ということで、とりあえず、ステロイド剤や食欲増進剤などの投薬を始めました。
翌週、5月8日の再診時に、レントゲン撮影、エコー検査を受けると、脾臓にも瘤状の影がありました。そして、その夜に獣医から連絡があり、細胞診の結果が届いて、多中心型の悪性リンパ腫で、ステージ3~4であることが判明しました。治療なしでは余命1カ月くらいだろうと言われている状態です。
5月に入って、散歩はせいぜい堤防手前の公園までで、堤防から河川敷に降りることはなくなったので、毎日撮影していたトップページの淀川眺望写真の撮影はやめました。
獣医に診てもらうのが遅かったと後悔しつつ、10歳の誕生日を迎えるのは望み薄と思っていました。ただ、いろいろ調べてみると、多中心型の悪性リンパ腫の治療はリンパ腫部分を切除する外科治療ではないし、また早期発見の予後がいいとは限らないようです。完治というのはむずかしいですが、初発の場合は抗がん剤による化学的治療がかなり効果的と言われています。
5月14日から抗がん剤治療を開始してもらいました。週に1回で10回の投与計画です。静脈投与する抗がん剤の曝露防止のため、パスカルはカラーを付けて、獣医師・助手の方は手袋をしています。
パスカルにとって初めての抗がん剤投与はかなりの身体的ショックがありました。3日ほどは下痢がひどく、水の多飲と多尿が続きました。これは抗がん剤ならびに死滅細胞を排泄する素直な身体的反応なのでしょうね。獣医からはパスカルの排泄物には手を触れないようにとの注意があり、処理にはけっこう気を遣いました。
その一方で、抗がん剤を投与した翌日にはリンパ腫がすべて小さくなり、数日後には触っても腫れがわからなくなりました。すごい効果でびっくりです。右脚の付け根近くには同サイズの瘤がありますが、これは良性の脂肪腫のようで、変化はありません。
この頃、食べるのはケーキやジャーキーなどのおやつ類ばかりでした。しかも、クッキーなどはおいしい上等なものしか食べません。何かを食べさせようとすると匂いを嗅いで、プイと離れていくことが多くなり、バターはいいけどマーガリンはだめ、なんて、突然に高級なグルマン犬に変身してしまいました。
それでも、数日後には夏場の定番食である「ドライフードのミルクがけ」をおいしそうに食べるようになりました。
5月22日は2回目の抗がん剤投与の予定でしたが、血液検査で白血球がとても減少していたので、次週へ延期し、白血球増加剤を飲むことになりました。このサイクルが続き、5月29日に白血球数が回復して、2回目の抗がん剤投与、6月5日は白血球減少で延期、6月12日に白血球数回復で3回目の抗がん剤投与となりました。
6月19日、誕生日の前日には白血球数全体は少なめでしたが、好中球の数はまずまずだったので、4回目の抗がん剤投与となりました。
プードルのクリップのように両方の前脚の途中を毛刈りしています。これは抗がん剤の静脈投与のためです。右脚→左脚→右脚→左脚と交互にやってきました。
誕生日の翌週6月26日の血液検査では白血球のみならず、全体に貧血状態になっていて、抗がん剤投与はまたもや延期となりましたが、念のため、全身のエコー検査を受けたところ、脾臓にあった影もなくなっています。獣医から「ほぼ寛解ですね」と言われました。
この頃から、ステロイド剤の影響か、とても食欲旺盛になりました。5月末には20kgを切りそうになった体重もあっさり24kgに戻りました。むしろ食べ過ぎに注意していますが、まあ、何も食べてくれない状態よりも気分はずっと楽です。
そして、トコと遊びたがる態度も戻りました。トコはパスカルが不調になってからパスカルを無視して自由に振る舞っていましたが、パスカルの調子が戻ってからは困惑気味です。でも、嫌がっているわけではありません。以前に戻ったということでしょうね。
抗がん剤による副作用で、柔らかい毛がどんどん抜けました。貧血(特に白血球の減少)もそうですが、やはり、抗がん剤はがん細胞だけをターゲットにするのではなく、細胞分裂が続く骨髄や毛根細胞なども攻撃しているのだなとよくわかります。でも、抜け毛については、これから大阪は暑い夏になっていくのでちょうどいいと好意的解釈です。
今年の夏のスタイルです。
行動面の変化として、以前は散歩の方向はこちらが決めたら素直に従っていましたが、今は突然立ち止まって、動こうとしなくなることがよく起こります。歩くのがしんどいわけではなく、方向を変えるとドンドンと前を歩こうとします。どういう気持ちの変化なのかよくわかりませんが、甘えが出ているのかもしれません。
病院までのドライブは大喜びで大興奮です。通院2回目から、診察予約の電話を掛けているのを聞いた途端に興奮が始まります。クルマに乗ってから診察室に入るまで興奮が続きます。
帰りはおとなしく出発を待っています。
7月末に最後の抗がん剤投与予定で、治療はいったん終了となり、それからは様子見になります。春に急激な体調不良が起こったときはとても慌ててしまいましたが、パスカルの病状を知った今は、こちらも先行きの覚悟がそれなりにできた(つもりになっている)ので、毎日をできるだけ一緒に楽しく過ごすようにしています。
2019年5月10日
庭にはサクランボが植わっていて、毎年5月にはたくさんの実がなります。でも、これまでいつも食べ頃になると鳥たち(ほとんどヒヨドリ)が食べ尽くしてしまって、たまに5粒くらいを見つけて食べたことがあるくらいでした。
ところが、今年はほとんどの実が赤く熟したままで残っています。今年は周囲も豊作なのでしょうか。
5月4日、初めてのチャンス到来ということで、サクランボの木にハシゴをかけて、採れるだけ採りました。パスカルも参加しています。
およそ30分ほどかけて、これだけの収穫になりました。上のほうの枝は届かなかったので、それらは鳥たちに残しました。
重さを量ったら、1.4kgでした。
ジャムにする分と、生のままで食べたい分、未熟な分を分けていたら、トコもチェックに来ました。葉っぱのほうに興味があるようです。
三分類しました。手前左は生食用、右がジャム用、上は食べてはみようかどうしようか、という分類です。
生食では、さっぱりした甘さと香りが楽しめました。
その日の夜にはジャムができあがりました。
翌朝からパンにつけて楽しんでいます。
上のほうの枝に残したサクランボの実は数日ですべて消えていました。
2019年5月7日
2019年3月、アイの里親候補さんが面会にいらっしゃった頃、ガレージの自転車カバー屋根の上に小柄な黒猫が昼寝していました。まだ生後6カ月くらいの野良猫です。
ガレージから出て行く姿を見て、鍵々しっぽのアイとそっくりで驚きました。色は黒茶で、アイより尻尾の毛が多くて太く見えます。雌猫です。
4月に入ってほぼ毎日、近所でゴロゴロしていて、桜が散り始めて、落ちてくる花びらで遊ぶ姿が印象的な可愛さでした。とっても人なつっこく、ニャーと鳴いて近づいてきますので、下校時の子どもたちには大人気となっています。
とっても人なつっこくて可愛いけれど、よく見ると、耳の後ろが皮膚病のようで、加えて、鼻汁が頻繁に出ていて、クシャミで鼻汁を飛ばしたりしています。風邪にかかっているようです。
いつもお世話になっている地域猫ボランティアの方に写真を送って相談したら、やはり、メスだし、先ずはTNR(Trap:捕獲、Neuter:不妊手術、Return:元の場所に戻す)をしたほうがいいでしょう、とのことでした。
人慣れした猫なので、TNRを終えてから、エサやりしながら皮膚薬の塗布などをしようと考えていたら、ボランティアの方から、知り合いの紹介で里親候補さんが出てきましたよ、という連絡をいただき、びっくりしました。
そこで、TNRはせずに、耳カットなしの保護猫として保護することになりました。里親候補さんは猫好きな保護猫ベテランで、猫エイズ・白血病が陽性であっても引き取りたい、という嬉しい話でした。
アイが引っ越してからですが、4月24日に保護しました。夕方に獣医に連れて行くので、とりあえずケージに入れましたが、狭いところはイヤなようです。でも、30分ほどしたら落ち着いて、エサも食べました。
いつもの動物病院で診てもらいました。この子は人慣れしているけれど受診慣れはしていないようで、検査のための血液採取の際の保定では大暴れ・大泣きで、カラーを付けられました。まあ、泣いている姿も可愛いですが。
歯は真っ白でピカピカです。
血液検査で猫エイズ・白血病は陰性でしたが、耳のカビ(真菌症)と風邪症状があるので、それらが治癒してからワクチン接種、その後に不妊手術という段取りになり、当面は投薬治療することになりました。
真菌症は人獣共通感染症ですが、健康な人間にはそれほど重大な感染症状はありません。でも、他の犬や猫からは隔離しておくほうが無難です。
そこで、アイがいなくなって解体した猫部屋フェンスを玄関ホールに小さくまとめて、猫部屋を作りました。
食欲旺盛です。この小さなスペースでも、紐遊びが大好きで、けっこう楽しめます。
週に2回、耳を薬用シャンプー(マラセブ・シャンプー)でモミ洗いして、10分ほど待つので、その間、歯ブラシで毛を梳きます。
その後に身体を拭うと、全体に毛がふさふさとして、小顔の両側に毛が広がった洋猫風の可愛い感じが見えてきました。頭部は黒で、身体は黒と茶のトラになっています。
いい気持ちのようです。
そんな1週間でしたが、里親候補さんから早く引き取りたい、という話をいただいたので、2回目の受診後、5月2日にお引っ越しとなりました。風邪症状はかなり治まり、耳も良くなりつつあるようです。お別れの抱っこです。
もうしばらく、耳の治療を続ける必要があるでしょうが、今後は猫ベテランの里親さんが同じ獣医に連れて行っていただけるというので、安心です。
大阪市内の里親さん宅では、すべての準備が整っていました。
里親さん宅に着いたときから、里親さん夫妻にくっついて、この子はここで生まれ育ったような態度でした。名前は「あずき」ちゃんとなりました。
4月24日から5月2日までという短い期間の保護でしたが、今後はあずきちゃんとして楽しい生活を送るようになったのは嬉しい出来事でした。