淀川:太陽の塔が見える

2022年2月25日
3月19日 追加訂正

淀川散歩を続けて10年になりました。パスカルとの散歩がなくなって、運動不足解消がメインの散歩になると、よそ見をしながら歩くことが多くなりました。

散歩コースは下流方向の場合は豊里大橋(内環状線)まで、上流方向の場合は鳥飼大橋(中央環状線)までのいずれかの往復です。いずれであっても、左岸を上流に向かって歩いていると左前方の遠くに万博記念公園の観覧車(オオサカホイール、高さ123mで日本一)が見えています。観覧車はライトアップされているので夜の散歩でも見えます。

今年になって、観覧車の左後方には太陽の塔があるけれど、はたして淀川の高水敷あるいは堤防上から見えているのかが気になりました。太陽の塔は高さが70mで、観覧車の半分くらいです。観覧車の上半分が見えているなら、太陽の塔の顔が少し見えている可能性があります。

散歩用歩道や運動施設のある淀川高水敷の標高は3mほど、堤防の上は10mほど、太陽の塔が立っている広場の標高は40mくらいのようです。距離は7kmほどですが、途中にはたくさんの建物があるので、建物の隙間から覗く雰囲気です。

肉眼では観覧車しか見えません。重いですが、300ミリの望遠レンズを付けたカメラで何カ所かで撮影してみました。すると、2か所で太陽の塔を撮影することができました。

河口から14.2km付近(豊里大橋の近く)です。肉眼での風景はこういう感じです。

この方向で、堤防の上から撮影して、トリミングしました。

観覧車の左側のマンション屋上に太陽の塔の顔だけが出ています。
この撮影方向をグーグルマップで調べました。

直線距離は8.2kmくらいです。
その後(3月17日)、同じ方向で、堤防下の高水敷(歩道や運動施設のある河川敷)からも撮影することができました。顔だけが工事用クレーンの下、建物の上に小さく見えています。

この場所以外では、2kmほど上流の鳥飼大橋の近くまで行かないと見えません。河口から16km付近で、肉眼による景色はこんな感じです。

この方向で、堤防の上からの撮影です。

建物の間、観覧車のすぐ横に太陽の塔が上半身を見せています。
グーグルマップによる方向です。

直線距離は6kmくらいです。このあたりから上流になると観覧車と太陽の塔が重なってしまいます。

その後、3月19日に京街道を守口から枚方まで歩いた時、鳥飼大橋と鳥飼仁和寺大橋の中間点あたりの堤防の上(文禄堤の想定:淀川河口から18kmくらい)から、太陽の塔と観覧車の位置が逆転した写真を撮ることができました。小さなデジカメのズームなので、画像は粗くなりました。

グーグルマップによる撮影方向です。直線距離は7.1kmほどです。

高水敷からの撮影はむずかしく、これからの季節は対岸の木々が茂ってくるので見えなくなるでしょう。高水敷から堤防の上までの7~8mほどの高さがキーになっているようです。

淀川:2021年末~2022年始

2022年1月3日

謹賀新年

これまで淀川散歩はほとんど夜の堤防歩きでしたが、寒くなってきた12月中旬からは午前中に河川敷を歩くように時間帯とコースを変更しました。歩数は3割以上増えました。

久しぶりに明るい河川敷を眺めると、陸上トラック運動場とテニスコートが朱色のフェンスで囲まれて、重機が動いていました。

看板がありました。

9月末から工事が始まっていたようで、2022年3月10日に完了のようです。河川事務所発行の整備予定(インターネット上の資料)を眺めると、5年後くらいには地下鉄守口駅からの連絡通路を含めて、河川敷を運動公園にしていく計画だそうです。

第一弾として、6面あったテニスコートは1面のみになり、他の部分は遊具などを置くために整地しているそうです。まあ、テニスコートは2013年に河川敷が全面冠水してからは2面だけが使える状態で、他は荒れたままでした。

テニスコートの奥はパスカルといつも歩いていた散歩ルートで、川岸のワンド入口に至ります。ここではほぼ毎日、シラサギとアオサギに会うことができます。餌場になっているようです。

シラサギが魚を捕まえる動画です。音は出ません。

カラスが加わった日もありました。岸辺の漂着ゴミは何とかしたいですね。

2022年元日は曇っていましたが、凧揚げは盛んでした。写真の中央に伊丹への着陸便が写っていますが、他の灰色のシミはカイトです。和凧はほとんど見かけませんでした。

2日は堤防からすぐ外の八雲神社へ初詣に寄りました。何度か訪ねていますが、初詣としては初めてです。

川岸(高水敷)の柵より下(低水路)は2021年1月に大規模な伐木工事がありました。現在も堤防の上から眺めると水面が見えていますが、川岸に近づくと伐採された木々がすでに3mくらいに成長しています。

切り株の周りからいっぱい萌芽(ひこばえ)が伸びています。

1年足らずでこれほどの成長があるようです。

笹原では伐採当時に残された(枯れた)枝葉が押し上げられています。

もっと伸びた雑木がツタ類の枯れ枝葉を持ち上げている姿は象か恐竜のようです。

久しぶりに明るい空の下での散歩は楽しいものです。でも、夜の散歩も、大阪の街灯り、月や星、虫たち、コウモリ、ネコ、時としてキツネ、タヌキ(アライグマかも)などに会い、伊丹への着陸便、羽田行きの最終便を見送るなど、なかなか魅力的に感じます。

淀川、秋の夜

2021年9月29日

今年の夏は新型コロナ・ワクチンの接種で始まり、8月は厳しい暑さが波状で続きました。模型作り(南海の電気機関車)は最後のキャビン製作で試行錯誤を続けていますが、まとめる段階には至っていません。

そんな夏が終わって、秋の夜の淀川堤防散歩はとても気持ちが良くなってきました。

9月21日は8年ぶりの旧暦中秋(8月15日)で満月になったそうですが、残念ながら淀川堤防から見上げる空は雲で覆われていました。

翌22日は十六夜で、それなりに月が見え、堤防から東(生駒山の方向)を向いて写真を撮りました。

堤防外側に立っている塔の上にはいつも自宅で様子を眺めている河川カメラ(太子橋警報局)があります。ススキの向こうに街の灯が見えるのが淀川堤防らしいところです。

堤防の両側は背丈以上のススキや雑草が伸びていて、8月は虫の音がかしましかったのですが、今は優雅な虫の音ばかりになりました。

散歩していて、月を見ながら虫の音を聞くのは気分のいいものですが、堤防上の舗装道路には虫たちも多く上がってくることを知って、気を遣うようになりました。最初に見つけたのは多くのカタツムリ(蝸牛)でした。

靴で貝殻状のものを踏んだ感触があって、道路上をライトで照らしたら、カタツムリがあちらこちらでうごめいていました。頭から尻尾まで4センチくらいでしょうか。どうして草むらから道路に出てくるのかわかりませんが、カタツムリを見たのは久しぶりでした。

そして、カタツムリと同じくらいの数で道路上に出てきていたのがショウジョウ(ショウリョウ)バッタです。

バッタは産卵のために草むらから出てくるそうですね。バッタもカタツムリ同様に踏まれてしまうようです。

午後8時過ぎの淀川堤防散歩では、30分ほどで5人程度とすれ違い、5台くらいの自転車と出会います。道幅2~3mくらいの道路をそれなりの人と自転車が行き来するわけで、道路上に出てくるカタツムリやバッタには被害甚大となっているようです。こういう世界があることを知ってしまったので、電灯で前を照らしながら注意して歩くようにしています。

淀川伐木工事

2021年2月11日

今年も天気のいい日は淀川堤防まで午後か夜に散歩しています。1月末に淀川堤防へ散歩に行ったら、風景が少し変わっているのに気がつきました。水面がよく見えています。よく見ると、河川敷(高水敷)の端の柵の向こうの低水路側の水辺の木々が伐採されていました。まだ重機が動いています。

1月4日(上)と1月30日(下)の写真を比べてみます。どちらも河口から14.6kmの標識の場所からの風景です。

河川敷に降りていくと、柵に張り紙がありました。

1月14日から3月31日までの工期で、太子橋・守口地区だけの伐木工事のようです。

2月7日には重機で刈り取った残骸を集めていました。この動画は無音です。

夜の散歩での写真を比べてみると、大阪市街の灯りが水面に映っている量がかなり違います。

水辺で成長した実生の木々は数年でとても大きく成長しています。パスカルと朝の散歩に来るようになった2013年の写真ではほとんど木々は見当たりません。

2017年10月の増水時(高水敷が冠水)の写真ではすでに木々が高く続いていることがわかります。

2019年5月の状態です。

今回の伐採でこれくらいの切り株が多く残っていました。

実生の雑木であっても、これだけの林になってくると、柵沿いに散歩していて気持ちはいいものでした。ゴミがそこかしこに捨てられているのは興ざめでしたけど、このままでいいように思っていたので、伐採されたのは少し驚きでした。これでウグイスは来てくれるのでしょうか。

たぶん、こういう木々が増水時に流されると、下流、特に可動堰の淀川大堰や毛間の閘門に支障をきたすので、10年程度で伐採しているのかもしれません。そうであれば、残念な気分ですが仕方ありません。

毛馬までサイクリング

2020年11月18日

自転車の整備を終え、試運転サイクリングとして淀川河川敷を走って毛馬まで行きました。

出発地の守口市河川公園は紅葉の盛りです。

すぐに大阪市旭区に入ります。

このあたりにはワンドが集中しています。ちょっとだけ休憩。

淀川橋梁(赤川鉄橋)が見えてきました。

赤川鉄橋を過ぎると都島区です。

毛間の閘門に到着しました。出発から45分、約6kmです。

淀川大堰が淀川を横切っています。

淀川大堰の上は通行禁止になっています。淀川マラソンではここを渡るそうです。

大堰から下流の景色です。手前の鉄橋は長柄共同橋(ガス・水管橋)で、その向こうに阪急千里線の淀川鉄橋、そして長柄橋と、橋が続いています。

明治末期に淀川の流路変更で作られた毛馬水門を渡ると大阪市北区になります。元々の第一閘門が残されています。

旧水路跡できれいな茶トラ猫が近づいてきました。左耳カット(メス)されていますが、鈴を付けています。しばらくすると、飼い主さんがやって来て、自転車に乗せて連れて行きました。

昔の水路にかかっていた眼鏡橋が保存されています。

大川の横に回ってきました。

城北公園通に出て、毛馬橋を渡り、あらためて毛間の閘門横の堤防に登り、「与謝蕪村生誕地の碑・句碑」を眺めて帰ります。

夕陽が沈みつつあります。

往復延べ13kmほど、2時間で帰宅しました。典型的なお気楽サイクリングでした。自転車は少し調整すべき箇所が見つかったものの、とても走りやすくなっていました。

夜の淀川散歩

2020年9月2日

これまで札幌時代も含めて25年間、犬と一緒に朝夕の散歩(札幌では自転車伴走も)をするのが日課でした。大阪での夏場は巣ごもりが恒例になったものの、朝晩はパスカルJrと淀川まで行っていました。

でも、パスカルJrが亡くなって、その日課が無くなると、夏場は極端に歩くことが少なくなりました。歩数計で言えば、昨年までは夏場でも一日6千歩以上だったのが、模型作りや自転車の整備、近所への買い物だけでは2千歩に届かないことが多くなりました。

これでは今後が困るので、とりあえず夜の散歩だけでも再開することにしました。朝早くのほうがいいでしょうが、「犬のため」という動機が無くなると起きられないからです。

とっても暑い8月に入ってからですが、気温がそれなりに落ちてくる午後10時頃(パスカルと夜の散歩に出かけた時間)、夜の散歩を始めました。歩くペースはパスカルとの散歩と同じくらい(少し早足)で、コースもパスカルとの朝の散歩と同じ淀川ですが、河川敷には降りないで、堤防の上だけを歩きます。

堤防へ続く公園から堤防上の道は外灯が無く真っ暗なので、懐中電灯(自転車用ヘッドライト)で照らしつつ、大阪市街地の灯りを遠くに眺めながら歩きます。堤防上の道の左右は草ボウボウですが、さまざまな虫の音に包まれます。

堤防上はそれなりに風が通るので少し涼しいのですが、堤防から降りると風が消え、道路の熱気が残っているので、汗がどっと出てきます。でも、昨夜(9月1日)は秋の涼しさで、今年の猛暑も終わるように感じました。

緑道の野良猫たちの様子を眺めながら帰宅すると、およそ25分で2,400歩くらいです。短時間ですが、歩かないことによるストレスは減ったようで、気分は悪くありません。パスカルが横にいない散歩に少しずつ慣れてきました。

淀川上り船クルーズ

2012年11月22日

大阪に戻って半年、11月も終わりに近い22日、淀川を枚方(ひらかた)まで遡上するクルーズがあると聞いたので行ってきました。お弁当(握り飯2つ)とお茶付きで4,800円は安くはありませんが、大阪再発見の一環です。

午前9時30分、天満橋駅近く、大川(旧淀川)の八軒家の浜から出発です。昔の三十石船の乗降地なので結構な場所柄です。

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船は水上タクシーに使われているようなもので、三十石船のような情緒はありません。まあ、寒くて曇りで雨が降るかもしれない天気だったので、こちらのほうが快適でしょう。

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岸壁から離れてUターンすると、八軒家浜後ろの京阪天満橋駅ビルとOMMビルが天満橋を挟んで並んでいます。

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天満橋をくぐると、京阪電車の後ろに大阪城がちょっとだけ見えます。

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船内で案内が始まりました。右端の座席だったので、写真は左岸のみになりました。

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大阪環状線の鉄橋が近づきました。

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一番楽しみにしていたのはここ、毛馬の閘門(けまのこうもん)です。明治期の淀川改良工事で新淀川(新規開削部分)と旧淀川(大川)の水位を変えたことにより設けられ、今は三代目くらいが稼働しています。レンガ造りの古いものは保存されています。

入っていきます。

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閘門に入ってから、水が淀川本流の水位になるまで待っています。

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ここが大川の水位です。

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本流の水位になりました。この日の水位差は2mくらいありそうです。

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みんな外に出て周りを見渡しています。

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閘門を抜けると、波もない茫洋とした淀川本流です。

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最初の鉄橋は柴島(くにじま)浄水場からの水道橋です。

上にカワウがたくさん寛いでいました。

次はJR城東貨物線の淀川橋梁(通称、赤川鉄橋)です。複線幅で単線なので、横を自転車や徒歩で渡ることができます。あと1年ほどで旅客用の「おおさか東線」に向けて複線化する工事が始まるため、歩けなくなるそうです。

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菅原城北大橋をくぐります。ここはまだ渡ったことがありません。

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次は見慣れている豊里大橋をくぐります。

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いつもパスカルと散歩している守口・旭区太子橋地区の河川敷公園が見えてきました。

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鳥飼大橋をくぐります。近畿自動車道、一般道、モノレールの橋が並んでいます。古い橋脚がそのまま残っています。

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砂を満載した砂利船とすれ違いました。

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枚方近くの川辺は灌木がよく茂っています。

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ひらかたパークの観覧車が見えてきました。

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枚方大橋をくぐったら、もう枚方の浜です。

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枚方の浜に着いたのは11時45分、2時間少しの船旅でした。船を下りて、定番の鍵屋(資料館)で休憩です。このあたりは堤防が高くなったくらいで、淀川の流路は大きく変わっていないため、鍵屋の二階から淀川が見えました。

このクルーズは、天気も悪く、橋の裏側ばかりを眺めていた気がします。
枚方までの淀川は広く、堤防は高く、川辺に灌木はありますが変化に乏しく、大きなマンションがところどころにあるという印象でした。右岸の河川敷を自転車で走ったことがありますが、眺めに違いはありません。面白かったのは毛馬の閘門くらいでした。

明治期に流路を変更した淀川は、それまでの度重なる洪水から大阪を守ることになりましたが、水面から眺める景色はとても退屈になりました。若冲の「乗興舟」や應挙の「淀川両岸図鑑」、また「淀川両岸一覧」などの風情はありません。

守口近辺の淀川流路変更については別記事としましたが、淀川改修工事の全容が見える地図があります。内務省土木局が大正2年(1913年)に発行した報告書「淀川改良工事」の付属地図です。赤い線で描かれているのが変更後の流路です。
2つに分けました。まずは枚方の手前あたりからの下流部分です。毛馬から先は新淀川と呼ばれることになった、ほぼ直線状の広い新規開削の川が大阪湾に向かっています。

淀川改修地図A

次は上流部分です。桂川、宇治川、木津川の三川合流が設けられました。大池と表記されているのは、今はなくなった巨椋池(おぐらいけ)です。枚方から上流は三川合流の他には大きな流路変更はありません。元の地図では琵琶湖からの瀬田川改良を含めて載っていますが、省略しました。

淀川改修地図B

その後の淀川整備工事報告書が土木学会附属土木図書館「内務省河川改修関係書籍」の中に「淀川改修増補工事概要 大阪土木出張所 昭和5年10月(1930)」としてアップされており、PDFで閲覧できます。その中にある「淀川改修増補工事竣功平面図」はベースの地図が少し新しいですが、上記と同じ流路変更地図です。

新流路の全体を眺めると、枚方までの下流よりも枚方から上流のクルーズのほうが楽しそうです。淀川水路の実際を知らないで空想すると、せめて鵜殿から三川合流を越えた淀か伏見まで往き来できれば、昔の三十石船の航路なので、とても魅力的です。伏見では観光小舟(十石船、三十石船)が運行されていますので、これが淀川方面とつながると面白いですが、実際には途中に水門や堰があるのかもしれません。

その後、図書館で見つけた「大阪春秋」という雑誌の第50号(昭和62年7月号:特集 淀川とその周辺)に「当世淀川下り 京伏見~大阪城」という写真入り記事を見つけました。観月橋近くにある旅館から屋形船のような船で下る遊びの同行取材記事で、舟から写した写真と「宇治川両岸一覧」・「淀川両岸一覧」の絵を並べながら書かれています。ここにも、「その景観、三十石舟唄に唄われたかつての風情はもちろん今はない。鳥飼大橋が見え、大阪市内の展望が開けてくるまでは、どこにでもある土手が単調に続く。」と記されています。

次の機会では、大川から道頓堀などを巡る大阪街中クルーズを選ぶことにします。