南海凸電 5 再再開

2019年5月3日

昨年(2018年)7月に記事を書いて以来です。
今年3月頃までは保護子猫たちの世話とかで、なかなか模型遊びの時間を持つ余裕がありませんでした。それでも、キャブの外形くらいはと思って、薄ベニヤの側板に合わせた屋根を紙で作ってみました。

しかし、屋根のカーブと側板との接合部がなめらかにつながりません。仕方がないので、側板と屋根を一体化した型をクラフトロボで切り出してみました。ギリギリのサイズでした。

1枚だけでは心もとないので、屋根部分を2mm弱ずつ広げた3枚を貼り合わせて、全体を作りました。側板は内張になりました。

屋根の前後の斜め部分は紙で表現するので、側板を少し切り取っています。

これでキャブ全体の外形がそれなりに整った感じです。

今年3月に最後の保護子猫アイの里親さんが見つかってから、あらためて製作途中の状態をじっくり眺めていたら、いろいろとおかしなところに気がつきました。

台車が大きいために、キャブの扉位置と動輪の位置が重なってしまっています。そのために、扉の下に梯子がありますが、台車と干渉してしまうので乗務員用ハシゴを取り付けることができません。仕方がないので、台車の位置をそれぞれ前方方向に1cmずらしました。

微妙な変更ですが、台車をずらすと、側面の鉄骨リベットのパターンもずれてしまいます。そこで、リベットのパターン板を切り貼りして、継ぎ目はパテで整えました。

以前は、この鉄骨と上の床板との張り出し補強部分(三角の梁)をプラ材で作りましたが、今回は0.4mm厚の真鍮板で作ってみました。

さらに、上の基板の穴が2つとも前方にずれることになりましたので、床板も作り直しました。以前と同じアガチスの100mm幅、厚さ5mmです。

そして、連結器の取り付けです。この車両ではLGBの貨車などを牽引する予定なので、LGBの連結器を取り付けます。先ずは高さと位置決めのために木製のステーを台枠に取り付けてみました。右側はLGBの貨車です。

この方法では格好よくないし、カーブで困りそうです。LGBの車両は基本的に台車フレームに連結器が取り付けられています。そこで、台車のモーター・フレームを開けてみると、なぜか、ネジ受けみたいな細工があることに気がつきました。モーター軸を長くする場合のためでしょうか。

この場所に穴を開け、窪みにナットを入れると、外からネジ止めできそうです。
0.8mm厚の真鍮板でステーを作りました。ナットをハンダで固定したのは、連結器を取り付けるためです。

連結器をネジ止めしました。

ちょうどいい案配で強度も十分です。いずれ、塗装します。

前部のバンパー・フレームを作りますが、切り出した0.8mmの真鍮板にリベットパターンを入れないといけません。それで、リベットパターン打ち器を取り出して試みてみました。この器具はきれいにリベットパターンを出せるのですが、横方向に一直線で打つことしかできません。このバンパーのリベットパターンは上下にもあるので、紙にスケールを印刷して、位置決めを試みてみました。

しかし、結果はお粗末でした。

セッティングに手間がかかる割に、不器用なズレがひどいです。それで、型紙を作って、手打ちのポンチを使ってみました。

リベットパターンは器具に負けますが、位置はOKなので、こちらを採用しました。

基板との位置調整です。基板のリベットパターンは真鍮釘を打ち込んでいます。

少しずれているようですが、まあ、こんなものでしょう。

次はやっと組み立てに入ることができるような気がしますが、どうでしょうか。

「6 床下終了」に続く

仮名手本忠臣蔵

2019年4月30日

4月25日、4月文楽公演で仮名手本忠臣蔵の大序~四段目までを観てきました。

今年は文楽劇場35周年ということで、4月公演では四段目まで、夏休み特別公演では五段目から七段目まで、11月公演で八段目より最終の十一段目までという「通し狂言」となっています。一日で最終段までおこなう本来の通しではなく、変則で、公演の仕方として嬉しいとは思えませんし、忠臣蔵はあまり興味を持っていないし、どうしようかな、と思っていました。でも、文楽の勉強のつもりで観に行きましたら、それはやはり、とても勉強になりました。

4月6日が公演開始で、前日の5日にプレイベントがあり、桂南光の「蔵丁稚」と、南光の司会で、吉田和生、吉田玉男、豊竹咲太夫、鶴澤燕三のトークがありました。特に、四段目・塩谷判官切腹を担当する咲太夫と燕三の話題で、大名の切腹なので語りはなく、三味線も開放弦を時たま鳴らすだけがむずかしいというのが格好良さそうでした。

パンフレットとミニ床本です。

パンフレットの表紙には塩冶判官高定(えんやはんがんたかさだ)(浅野内匠頭)の紋(違い鷹の羽)、裏表紙は高武蔵守師直(こうのむさしのかみもろのう)(吉良上野介)の紋(五三桐)があしらわれています。

周知のあらすじは端折ります。大序(だいじょ=はじまり)では人形が並んでいますが、主遣いも黒頭巾の黒衣姿です。この演目では二段目まで黒衣姿で人形が遣われます。このような流れは初めてで、とても興味を持ちました。

人形遣いは元々は黒衣姿だったようで、主遣いが出遣い(顔を見せる)になってきたのは、観客が主遣いに興味を持ち、贔屓ないしは谷町が出てきたからだそうですね。魅力的な主遣いの顔を見たくなるのは当然で、最近ではほとんどの演目で出遣いになっています。

しかし、どうして二段目までが黒衣姿なのか、それがよくわかりませんでした。文楽劇場でうかがっても、「そうなっている」という答しか得られませんでした。大序は御簾内での語り・三味線なので、経験の浅い太夫と三味線という意味もあるようですが、今回は主遣いはプログラム上の配役だったそうです。

それほど昔ではない興業で何らかの事情があって、二段目までが黒衣姿になり、それが定着してしまったということなのでしょうか。本来の通し公演であれば長丁場なので、そういうこともありそうかな、と素人考えです。

全員が黒衣姿ということについて調べてみましたら、今回の二段目までという文脈ではありませんが、そもそも主遣いも黒衣姿が望ましいという意見があることを知りました。それは人形が主体となって動くためには人形遣いの顔が邪魔になるという理由のようです。

確かに、全員が黒衣姿の二段目までは人形だけを注視し、そして人形が大きく見えて、仕草を細かく見ながら、人形の動きに納得していました。黒衣姿という発明はとても効果的に人形を浮き上がらせます。

一方で、その後の三段目からは、自分自身が人形遣い(出遣い)の顔をかなり見ていることに気がつきました。特に高師直の主遣いである勘十郎がいかにも憎たらしい顔をしながら塩冶判官(吉田和生)に罵詈雑言を浴びせる姿は人形以上に迫力がありました。さらに、四段目から顔世(かほよ=塩谷判官の妻)を遣った吉田蓑助の無表情さと人形の細やかな動きは感動的と言えるものでした。とても出遣いをやめてほしいとは思えません。

ただ、本公演での出遣いは人間国宝を含む相当のベテランになるわけで、三人遣いの左手と足の担当はずっと黒衣姿です。そのことから、若手は常に黒衣姿だし、プログラムには担当者名は出ませんし、一人遣いも「大ぜい」とあるだけです。プログラムの後ろに紹介として顔写真と氏名は出ていますが、主遣いになるまでの10年(もっと)以上は配役に名前が入らないようです。

このあたりの事情も考慮して、全員が黒衣姿で演じてから、最後に顔見せで舞台挨拶をするという方法を提案する人もいるようです。若手の人形遣いも張り合いが出るような気がします。

そういえば、映画「最後の忠臣蔵」の中で江戸時代の設定で「曽根崎心中」が挿入されていましたが、お初(主遣いは、たぶん桐竹勘十郎)と徳兵衛の三人遣いはすべて黒衣になっていました。太夫(豊竹咲太夫)と三味線(竹澤宗助)のいい声と音色が響いていました。

忠臣蔵はそれほど食指が動かなかったのですが、いろいろと考えるきっかけとして勉強になりました。しかし、通しはやはり一日でやってほしいのですけど。

子猫の保護 8 そして誰も

いなくなりました。一匹で残っていたアイが4月13日に里親さん宅に引っ越しました。5匹の子猫を保護した2018年6月5日から10カ月を超えたところでした。嬉しくもあり寂しくもあり、とても複雑な心境です。

5匹みんなが楽しんでいた窓の展望台です。

今は誰もいません。

正月以降のメモです。
ボブが12月にいなくなってから、アイは広い猫部屋で一匹だけになり、どんどん甘えたになってきました。そして、よく展望台から外を眺めていました。

アイのベスト・ショットです。

朝に部屋開放すると、日向ぼっこでゴロゴロしていました。

アイの里親さんが現れるまで長丁場になりそうだったので、先住猫のトコと会わせる訓練をしてみました。トコとの最初の出会いです。トコに叱られて、アイは猫部屋に逃げ帰りました。

トコは一匹だけで育ったので、残念ながら猫との社会性が身に付いておらず、アイからの鼻挨拶に対しても、トコはアイに攻撃的な態度が続きました。同居をあきらめ始めた頃にボランティアさんから里親候補さんが現れたという連絡をいただきました。

3月23日に里親候補さんが面会にいらっしゃいました。猫を飼うのは初めてという方ですが、アイとの相性はいい感じでした。日程調整にしばらくかかりましたので、4月13日にアイのお引っ越しとなりました。行き先は和歌山市です。

到着直後の里親さん宅ではカーテン裏に隠れてしまいましたが、翌日には部屋の探検を終え、1週間後には同室で寝起きする里親さんにベタベタの甘ちゃん猫になりました。

アイはとても魅力的な猫でした。寂しくなったという気持ちはありましたが、やさしい里親さんのもとで楽しい生活を送ってくれるのが一番です。保護猫ボランティアの方々には感謝の気持ちばかりです。

これで怒濤の1年が終わって、以前のようにパスカルとトコが家中を気楽にうろつく生活に戻りました。

猫カフェの出入り口フェンスは解体しましたが、トコが喜ぶので、展望台は残しました。トコが初めて展望台に上った時の写真です。

この部屋はトコのテリトリーだったわけで、トコは大満足の様子です。大団円!

(おまけに続く)

新春文楽公演 2019

1月3日、初春文楽公演の初日に、第2部の「冥途の飛脚(めいどのひきゃく)」と「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」を楽しんできました。第1部は「二人禿(ににんかむろ)」、「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」。「壺坂観音霊験記(つぼさかかんのんれいげんき)」です。

正月の文楽劇場です。

正面玄関の飾り物。今日はさすがに満員御礼が出ていました。

黒門市場から今朝届いたらしい「にらみ鯛」です。

初春文楽公演の芝居絵です。

資料展示室には傾城の頭と壇浦兜軍記の大正時代の画集が置かれていました。

正月恒例の鯛の飾りが付けられた舞台で、観客もいっぱい、新春公演初日の雰囲気がありました。

冥途の飛脚を観たのは3回目くらいでしょうか。遊女・梅川に入れ込んだ飛脚屋・亀屋忠兵衛の封印切り話で、心中ではなく、捕まって処刑されたという、いかにも三面記事的な世話物です。近松は前年あたりに起こった事件を元にしたそうで、解説書「文楽」(伝統芸能シリーズ 3 山田庄一 ぎょうせい 1990)を読んでいると、忠兵衛だけが処刑されて、梅川はふたたび勤めに出たとありました。

語り・三味線と人形遣いのリズムがなめらかに流れるようで、素晴らしい作品ですが、私としては、筋書きのパンチライン(≒説得力)に欠けるような思いました。でもそれは浄瑠璃世話物の一つのパターンで、真面目な男が恥をかかされたと思い込んで逆上し、死罪間違いなしの、武家の金の封印を切って身請けに使うのは、比喩として心すべきことではあります。

冥途の飛脚と浦兜軍記の幕間に、7日まで「手ぬぐいまき」があります。

うまく一つを受け取ることができました。ラッキー!

実は、手ぬぐいを受け取るのは無理だろうと思っていて、開演前に売店で売っていたので、一枚買っていました。広げてみると、色違いでした。左が買ったものです。これもラッキー!

さて、今回の期待は初めて観る壇浦兜軍記でした。昨年の朝日新聞連載小説の「国宝」(吉田修一)を読んでいて、興味津々でした。頼朝を狙う景清の愛妾である遊女・阿古屋の芸が身を助けるという「阿古屋琴責の段」です。壇浦兜軍記は元来は能の「景清」、近松の「出世景清」で、面白く改作されていますね。

今は浄瑠璃でも歌舞伎でも、この段のみが上演されるようで、琴・三味線・胡弓を演奏させて、乱れのない演奏ができるかを尋問とするという、優雅で楽しい場面です。

歌舞伎では役者が演奏しますが、さすがに人形で演奏するわけにはいかず、床の三味線の横に琴・胡弓の担当者が並んで、その演奏に合わせて人形が動きます。主遣いは桐竹勘十郎で、他の二人も顔を見せる出遣いとなっています。

歌舞伎では阿古屋を演ずるのは女形の頂点と言われるくらいで、今は板東玉三郎だけだそうですね。人形も劣らずむずかしそうで、以前は蓑助、今は勘十郎だけのようです。解説を読んでいると、人形の手を蓑助から借りているとのことで、手も特別仕様のようです。

琴から三味線、そして胡弓へと、なかなかの人形遣いを楽しみました。勘十郎が時々こちらの方(演奏方)を見ながらタイミングを取っているのがよくわかりました。それにつけても、拷問を主張して様子を眺めていた悪役・岩永が阿古屋の演奏に乗ってしまって、胡弓に合わせて火箸で弾く真似をしてしまうのはとても楽しい演出でした。

今回は予約の都合で座席が2列目の右端という、太夫のすぐ下、舞台には首を左に回さないといけない場所で、首が痛くなりました。舞台を見づらかったものの、太夫の語りと三味線を満喫できました。

 

淀川:2019 正月

謹賀新年 2019年になりました。
堤防に上がる道の木々は冬枯れになっています。

でも、梅と桜は花芽がいっぱいです。
天気が良くて、河川敷には散歩している人がちらほらです。

遠景は少し霞んでいるようです。

伊丹空港への着陸態勢に入った飛行機が淀川を渡っていきました。

今年初のジャンプです。

ワンドにある釣り場の入口あたりです。

このところ、アオサギがいます。

おだやかな新年の淀川河川敷でした。

子猫の保護 7 ボブが里子に

12月に入って、ボランティアの方から、ボブをご指名の里親候補さんがいるという連絡をいただきました。9月にショーが里子に出てから3ヶ月ぶりで、その後の様子と合わせて記します。

ショーがいなくなって2匹になっていましたが、2匹で気楽に毎日を楽しんでいました。

2匹とも成長がいいので、10月に入って不妊・去勢手術を受けました。
アイは10月18日でした。エリザベス・カラーと胴巻きを着けてもらいました。でも、翌日には胴巻きを外してしまっていました。さらに、2週間後に抜糸に行ったら、もう自分で抜糸していますよ、と獣医さんに言われました。手術跡はきれいでした。

ボブは10月21日でした。男の子は胴巻き無しです。

ボブ(左側)とアイ(右側)はいつも一緒です。

これは寝起きですね。

ボブは保護したとき(6月5日)に一番体重が軽く、ひ弱な感じでしたが、その後はどんどん体重が増えました。12月に入って3kgを超え、それまで使っていた台所用のハカリ(3kgまで)が使えなくなり、抱いて体重計で計るようになりました。12月中旬で、ボブが3.4kg、アイが2.9kgでした。

ボブはビビリで、いつもアイの後ろにくっついていますが、運動能力は高く、オモチャを追いかけるときの速度やジャンプ力はすごいものがあります。2匹ともが夢中になるオモチャを使うと、アイが飛ばされてしまいます。

12月に入って、朝のパスカルの散歩中、トコがまだ別室で寝ているので、30分ほど部屋開放を始めました。アイはすぐに出てきて、知らない部屋の探索を始めますが、ボブはなかなか出ることができませんでした。慣れてくると問題はないのですが。

12月9日に里親候補さんが来宅し、面会していただきました。
そして、15日にボブを乗せてのドライブになりました。車中ではビービーと泣き続けです。

行き先は兵庫県です。数ヶ月だけ早生まれの可愛い先住子猫(メス)がいます。ちょうど、手術を受けた後で、カラーを付けていました。この写真の後ろにボブが隠れているのが写っています。

2週間のトライアルとして、一緒に生活させてもらいました。数日は先住猫ちゃんに威嚇を受けて、ビビリのボブは気疲れしたようですが、1週間ほどで仲良くなって、一緒に寝るまでになったそうです。よかった、よかった。

これでとうとうアイが一匹だけになりました。アイはさみしがっている様子はなく、これまで以上に遊びに熱中しています。アイの得意技、ひもひっぱりです。

年を越えて、里親さんを待つことになりました。

(続く)

蘆屋道満大内鑑

11月6日、11月文楽公演の第1部(午前の部)蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)と桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)を観てきました。

1回ロビーに掲げられた看板です。右側2つが午前の部、左側2つが午後の部です。

午後の部の「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」も興味はありましたが、少ししんどい気分だったので、今回はパスしました。

いつもの鑑賞セットです。

2階のロビーに、三味線・鶴澤寛治逝去の案内が置かれていました。訃報は新聞で読んでいました。前回の公演「新版歌祭文」で聴いたのが最後になりました。

蘆屋道満大内鑑は観たかった演目で、玉藻前曦袂の記事で書いていた信太森が舞台になります。古浄瑠璃の「信太妻」を元に、竹田出雲が作り直したそうで、全5段(あるいは4段)で、陰陽師たちのヘゲモニー争いの話になっていますが、安倍晴明と対抗する蘆屋道満が大内鑑(内裏でのお手本)となっている筋書きに変わっているようです。

近年では浄瑠璃も歌舞伎も、父の安部保名(やすな)と母の信太狐から生まれた晴明の幼少時の段だけが演じられるそうで、蘆屋道満は出てこず、外題とは関係なくなり、歌舞伎では単に「葛の葉」と称されているそうですね。

以前に古浄瑠璃(説経節)の信太妻を読んでいて、最初から最後まで、安部保名と石川悪右衛門たちの血を見る斬り合いばかりの感がありました。それでも、蘆屋道満(石川悪右衛門の兄)が安倍晴明に呪術で負けるまでのストーリーはわかりやすく、一条戻橋で斬殺された保名を復元蘇生させるなど、晴明の伝説を作り上げた陰陽師たちの宣伝が説経節によって人口に膾炙したことがよくわかります。

葛の葉子別れの段は、古浄瑠璃では子供(童子丸=晴明)に狐の姿を見られて去って行くことになっていますが、竹田出雲の脚色では、実の「葛の葉」が両親と一緒に現れて、それを知った狐の葛の葉が子供と別れて和泉に戻るという設定になっています。話をふくらませたようですが、何年も音沙汰なしで離れていた実の葛の葉が葛藤の感もなく、童子丸を抱いたら、乳がないと言われて乳母を探そうとするのはちょっと短絡的な印象でした。

信田森二人奴(やっこ)の段も竹田出雲の追加演出で、与勘平(よかんべい:保名の家来)と野干平(やかんべい:狐が化けた与勘平)という奴が出てきます。この奴が最初の三人遣いだったと言われているようですが、異論もあるようですね。現代では三人遣いが当たり前の姿で、その昔の遣い方がイメージできませんが、小さな人形の一人遣いと同じような動きだったのでしょうね。違いを見せてもらう鑑賞教室もあったようです。

この場面は背景が舞台一杯の巨大な神社になっています。この背景を見ると、この話の舞台が信田丘陵の裾野にある葛葉稲荷神社ではなくて、丘の上にある聖神社(信田大明神神社)であることがわかります。

後日、台風21号による被害が残っている聖神社を訪ねました。本殿が囲われているのは去年から始まった屋根修理だそうです。森が残る周囲は台風被害がよくわかりました。

葛葉稲荷神社は聖神社の分社で始まったそうで、江戸期に信太妻の舞台とされるまでにはいろいろな状況があったようです。異類婚姻談には、折口信夫を初めとする文献を読むとなかなか深くて複雑な世界が広がっているようですね。

この有名な演目を観たのは、いつものように初めてですが、ほんの一部であり、どうも古浄瑠璃「信太妻」の筋書きが頭にあって、気持ちはあいまいなままで続きました。こういう場合はいつも全段省略なしで観る機会があれば嬉しいと思うのですが、むずかしいのでしょうね。

桂川連理柵はそれほど興味を持てずに鑑賞していましたが、勘十郎の遣う「お半」はきれいでした。

淀川:淀川市民マラソン2018

恒例のマラソンで、今年は第22回です。

11月2日(金)の朝にはトイレやテントの準備が始まっていました。

テニスコートは荷物預け所です。

案内看板も置かれています。

裏(表?)はコース案内です。ハーフマラソンは下流の往復、フルマラソンは上流往復と下流往復になっています。

スタート・ゴールの鉄骨も建てられていました。

11月3日(土)です。

売店も並んでいます。

11月4日(日)の当日は8時半頃に行きました。

ハーフマラソンは9時スタート、フルマラソンは9時40分スタートなので、出場する人(どちらも7千人の枠)は全員が集まっているのでしょうね。

トイレは長蛇の列ですね。

荷物預けにも多くの人がいます。

今回もパスカルの運動は少し離れたところです。

準備運動をしている人の中に、ゆるキャラがいました。

ガンバフンバくんという、どこかのスポーツ用品店のマスコットだそうで、赤のゼッケンを付けているので、ハーフマラソンにエントリーしているようです。どれくらい走ることができるんでしょうね。

9時ちょうどにハーフマラソンのスタートとなりました。

スタート時の動画を撮っていましたが、号砲などが鳴って、パスカルがびっくりして動いて手振れしたので、途中をちょっとカットしました。音は出ません。

6千人以上がスタート地点を通り過ぎる前に帰宅の途につきました。

(追記)
11月5日(月) 片付けが始まっていました。

今日はのんびりと運動ができました。

いつものように、時計は動き続けていました。昨日のハーフマラソン・スタートから23:48:59、フルマラソンは23:08:59となっています。

シルクスクリーン展:SILX’18

10月9日、前日から始まった今年のシルクスクリーン展:SILX’18に行ってきました。

SILX’18 10月8日~10月14日
Gallery キャナル長堀

長堀通りの入口から入ってすぐに、外の景色の作品がありました。一目でわかる、リーダーの和田さんの作品です。前のバス停屋根が造られる前の風景ですね。

右隣(外から見える窓側)の作品もとても魅力的です。

作品群です。

照明の位置・角度との関係で、撮影がむずかしい。

シルクスクリーンでこういうグラデーションを表現するのはむずかしそうです。和田さんに解説していただきましたが、ちゃんと理解できたとは言えません。

来年のカレンダーです。

今年の無料体験コーナーはクリムトの作品でした。

最後の刷り前の状態です。

黒のインクを刷り込むと完成です。

写真ではシルクスクリーンの仕上がりの色と質感は出ないものですね。

そろそろ帰ろうと思ったころに闖入者です。パスカルが「ひつじのショーン」の仲間になったみたいなスタンダード・プードルです。

突然、中に入りたがったのですよ、と飼い主さんの話でした。外でしばらく触らせてもらいました。パスカルより1歳上の10歳だそうで、大阪で夏バテしないかなど、もっとゆっくり話をうかがいたかったのですが、残念でした。

子猫の保護 6 ショーが里子に

9月15日、お世話になっているボランティアの方の紹介で、里親候補さんがいらっしゃいました。ご家族揃って猫好きで、すでに2匹の猫を飼っているのですが、相性の合う子猫がいれば、とのことでした。いつものように、1時間ほど猫カフェに入って、3匹と遊んでいただきました。その結果、ショーと相性がぴったりということになりました。

17日、里親さんのお宅にショーを連れて行きました。キャリーの中で不安げなショーです。

引っ越し先は大阪市内、淀川の対岸です。先住猫が2匹(4歳と8歳くらい)いますので、ちょっと心配しましたが、翌日には猫同士の挨拶ができて、同じ部屋でくつろいでいると教えていただきました。そして、名前がリジ君となりました。先住猫の一匹が「カイチョー」さんだそうで、リジ君の本名は「リジチョー」となり、呼び名はリジ君だそうです。すごい出世です。

猫カフェはボブとアイの2匹になりました。一見、少し静かな雰囲気になりましたが、深夜にフェンスをよじ登って暴れまくっている音がよく聴こえてきます。床に置いているおもちゃの配置が朝にはすっかり変わっています。

寝るときはたいていくっついています。

猫カフェ部屋のドアを開けると、トットトットとやって来ます。

2匹だけの食事です。

朝、パスカルと散歩から帰ってくると、こんな格好で外の景色を眺めていることがあります。右側で起ち上がっているのがアイで、見えにくいですが、左側にボブが座っています。

最近の体重測定の方法です。ボブは順調に体重が増えています。生後5ヶ月目になる10月に入って2.5kgを超えました。

アイは小食で、ちょとボブに遠慮しているような気もしますが、食べ残しをスプーンで食べさせたりしていて、10月に2.1kgになりました。

ずっとダイの大食・成長ぶりを見ていたので、アイの成長が遅いのではないかという気分でした。でも思い返せば、トコが2kgを超えたのが生後6ヶ月(推定)ほどだったので、アイの体重の少なさを心配する必要はまったくないことに気づきました。

体重測定の紙箱が小さくなってきたので、籐のかごに変えました。これはおとなしく座ってくれます。

最近に思いついた遊びです。爪研ぎの箱が潰れたので、それを橇(そり)にしてみました。先ずはボブで、ボブの橇なのでボブスレーです。以下の動画の音は消してあります。

アイの番です。ボブはビビリなので座ってしまうのですが、アイはうまく姿勢を低くして楽しんでいます。

ボブスレーをしていると、アイが乗りたくなりました。2匹一緒はむずかしいですね。

これからどうなるかわかりませんが、猫カフェでお客様待ちが続きます。

(続く)