忍海ってどこ?

4月16日、服づくりをやっている友人が作品展示をしているというので、別の友人と二人で近鉄御所(ごせ)線の忍海(おしみ)というところに行ってきました。知らない読めない地名です。明治期までの郡名・村名だそうで、現在は奈良県葛城市の一部になっています。大阪に住んでいたものの、畿内の地名は教科書に出てくるくらいしか知らないので、初耳の地名が多く、そういうところを訪ねるのは楽しい「小さな旅」です。

12日に吉野に行った近鉄南大阪線ですが、今回は急行で、奈良県葛城市にある尺土(しゃくど)駅まで行き、御所(ごせ)線に乗り換えます。

近鉄南大阪線が走るのは、河内と大和をむすぶ古代の官道・竹内街道(たけのうちかいどう)のちょっと北側です。二上山(にじょうざん=ふたかみやま)を挟んで、大阪側の羽曳野(はびきの)市、太子町、奈良側の葛城市に至るまで、古墳などの史跡が多く、古事記、日本書紀、万葉集にあらわれる地名が残っているようです。

当麻寺駅の2つ先にある尺土駅は二路線の乗換駅になっているためか、悩ませる発車案内表示がありました。

右側の2番線の急行(右上の先発)から降りたら、1番線に列車が停まっています。1番線の案内表示には「次発 普通 橿原神宮前」となっています。その下に「先発 普通 御所」となっています。さて、御所線は停まっている列車に乗っていいのか、と悩みました。

同行の友人は乗り込もうとしましたが、一応、そばにいた駅員に確認してみたら、この列車は橿原神宮前行きで、御所行きは次に入ってくる列車だということ、路線別に先発・次発と表示している、と教えてくれました。上にあるのが「先に出る」という意味ですね。発車時刻をよく見たらわかるのでしょうけど。友人を呼び戻して、次の列車を待ちました。

尺土から分かれた御所線は大和葛城山を右前方に見ながら南下し、なかなか長閑な雰囲気です。忍海駅で降りると、すぐ近くに「角刺(つのさし)神社」という小さな社がありました。

式内社ではなく(村社)、社務所もありませんが、由緒は古いようで、日本書紀の一節が引用されています。

興味深いのは、境内に比較的最近に建てられたと思える神宮寺「忍海寺(にんかいじ、とふりがな)」が建っていることでした。

その向かいあたり(神社の入口方向)に、これまた興味深い大木がありました。

写真ではちょっと見づらいですが、この木は右横のほうに根があり、地上に出てすぐ左横に伸びてきて、そこから直角に立ち上がって、立派な樹木になっています。かつては建物があって、その床下で生まれ、光を求めて伸び続けて、外に出て、そこから上に大きくなったのでしょうか。想像をいろいろとさせる木です。

しばらく、山のほうに歩いて行くと、田畑が多く、久しぶりにレンゲを見ました。昔は一面にレンゲが植えられていて、この時期の田圃がきれいなピンクになっていました。田植え前に鋤込んで肥料にしていましたが、最近はそういう手間をかけないのですね。遠景に見えるのは二上山のようです。途中に牛舎があって、なつかしい匂いが充満していました。

目的地です。築100年以上の古い農家で、庄屋の家だったそうです。

土塀も屋根も相当に傷んでいますが、立派な家です。

知る人ぞ知る、らしい「色とりどり展」という催しです。

古い大きな民家に雛人形をメインとしたさまざまなものが置かれています。その雰囲気を楽しむ世界です。

奥の部屋に友人の作品が置かれていました。最近いろいろと試みている「和紙の布」の作品です。

庭で採れたレモンで作ったパウンドケーキとコーヒーをいただきながら、ゆっくりと時間を過ごすことができました。夕方にはみんなで阿倍野まで戻って飲み会になりましたが、尺土から乗った急行は吉野帰りの人でいっぱいでした。