淀川:2017 正月

今年の正月は連日の好天です。冬の散歩は9時頃に出かけています。

元旦の河川敷です。おだやかです。

散歩している人がちらほらです。

モーターパラグライダーが淀川に沿って上ってきました。

何度か見かけていますが、今日はパスカルが少々怖がっていました。
それでも、お得意の低ロープ・ジャンプです。

1月2日 今日も晴れています。

土手歩きは気持ちよさそうです。

今日もジャンプは好調。

1月3日 好天が続きます。

河川敷の岸辺に灌木が大きく育っています。

Wikipediaによると、灌木(低木)は生長しても樹高が約3m以下、根元から幹とも枝とも区別できない枝分かれになっている、とあります。
でも、このあたりは様相が少し違い、5mは超えているようですが、このまま放っておくとどうなるんでしょうか。岸辺につづく小道ができています。

今日も散歩する人がちらほらですが、野球などのスポーツはやっていません。

1月4日です。
今日も好天です。

毎日、あまり変わりません。

川下から、国土交通省の淀川監視船がやって来ました。

散歩する速度よりちょっと早いくらい、ゆっくりです。この「かわかぜ」は毛馬所属で、枚方までの監視をしているそうです。今日が仕事始めなんでしょうか。

淀川:淀川市民マラソン2016

今年も淀川市民マラソンが開催されます。今年は11月6日で、第20回だそうです。

11月2日、河川敷道路横の低い並木を短く切る作業が始まっていました。マラソン前の作業の一つですね。

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この時期、ひっつき虫のセンダングサがあちこちに生えています。

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よく見ると、不思議な植物ですね。花のつぼみから、咲いた花、そして丸く広がった果実(ひっつき虫)までが同時に存在しているようです。

川岸をぐるっと回ってきたら、切り取りはかなり進んでいました。

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11月3日です。昨日のうちにテントが張られています。

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11月4日、テントが多くなりました。

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スタート/ゴール地点も設営が終わっています。

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11月5日、マラソン前日です。
テントはすべて準備されたようです。

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「お好み焼き」や「たこ焼き」の店が並んでいます。

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トイレも用意できたようです。

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11月6日、マラソン当日です。
マラソンの日はいつも午後に出かけるのですが、今日はスタート前、8時40分頃に行ってみました。

人出が多く、河川敷には降りられないので、堤防の外側で用足しです。

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なかなかの盛況です。

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動画です。音が入っています。

帰宅した頃、9時にハーフマラソンのスタート号砲が聞こえました。
フルマラソンのスタートは9時40分で、制限時間が7時間20分だそうですから、午後5時まで続くようです。

 

翌11月7日9時頃の様子です。
全体の撤去が進んでいました。

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スタート/ゴールの場所にやってくると、まだ時計が動いていました。

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ちょうど24時間前にフルマラソンがスタートしたのがよくわかります。
そこにトラックがやってきて、取り外し作業が始まりました。

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明日の散歩では、すっかり元の河川敷公園に戻っているでしょう。

淀川:10月に桜がチラホラ

10月下旬となり、本格的に涼しくなってきました。
河川敷の今年最後の草刈りも終わっています。

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秋になると、パスカルの食欲は全開で、散歩でも楽しく走って過ごしています。

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帰り道、葉が散っている木に白いものが付いているのに気がつきました。

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近寄ると、オヤオヤ、桜の花が咲いていました。

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アップしました。

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全体に20輪以上あったようです。気がついたのはこの木だけです。

京都の北野天満宮で梅が一輪咲いているというニュースがありました。
今年は暑い夏が長かったから、ということなのでしょうか。

(翌24日の追記)
近くにもう1本ありました。こちらのほうが全体に咲いています。

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こちらも完全に落葉しています。葉が残っている木は咲いていませんので、それなりのメカニズムがあるのでしょうね。

 

パスカルSrの思い出 2

1998年11月に、これまで過ごした厚別区から中央区に移りました。
パスカルの新しいハウスです。
11月20日、まずパスカルを移して、残っている荷物を運んでいる時期です。

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11月22日、厚別区の家で掃除をしていると、もうパスカルはいないのですが、カイがやってきました。ほとんどの家具は移っています。

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そして、11月29日、厚別区最後の夜です。明日は明け渡しです。
カイが来てくれました。

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しばらく家の中をうろついて、ご飯を食べているのを見ていて、もう、中央区へ連れて行って、家猫にするしかない、と決めたのですが、開けたままの窓ドアから出て行きました。
外で呼んでも戻ってきませんでした。これがカイと会った最後です。4年以上の付き合いでした。

この別れもあって、その暮れに、迷いネコがいるから預かってもらえませんかという話が来たとき、喜んで引き受けました。それがテコです。

1999年1月、パスカルは落ち着いて、ゆったりと過ごしています。このころ、体重が38キロにもなり、少しダイエットをしています。

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お正月なので、ちょっとビールを・・・大好きです。

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2000年5月、ハウス前のベランダでサッカー遊びをしています。エゾ山桜が満開です。

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7月には、こんなプールで遊んでみましたが、すぐに破れました。

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2001年、好きなショット3点です。

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2002 年1月5日、パスカルがハウス内でしんどそうだったので、寒さがこたえるようになったのかな、と思って、その後は室内で過ごさせるようにしました。しばらく は、活発ではないけれど、普段通りに生活していましたが、3月9日に動けなくなりました。
知人の獣医に精密検査をお願いしたら、末期の癌だとわかりました。ゴールデン・リトリーバーにはよくあるそうです。患部の摘出手術を受け、2回輸血をしてもらい、折々に元気になった様子を見せてくれていましたが、5月7日に亡 くなりました。

最後の4カ月はパスカルと濃密な時間を過ごしました。ドライブが好きだったので、動けなくなっても、「ドライブ」と言ったら喜んで立ち上がりました。歩くのも乗り降りも、持ち上げてやらないと無理でしたが、クルマに乗ったら立ち上がって、窓から顔を出して踏ん張っています。亡くなる前日にもドライブに行くことができ、ドライブ中はいつものスタイルで風を受けていました。

犬の実際を知らなかった未熟な飼い主でしたが、パスカルは犬のいる生活という楽しさをたっぷり教えてくれました。
(完)

パスカルSrの思い出 1

ゴールデン・リトリーバーのパスカルSr(1994年3月14日-2002年5月7日)は最初の愛犬です。

Sr(シニア)と呼ぶのは、2009年から飼い始めたスタンダード・プードルにパスカルJr(ジュニア)と名前を付けたためで、思い出した時は「シニア」と呼んでいます。当時はもちろん「パスカル」です。

1994年に知人の獣医から札幌市内のブリーダーを紹介してもらいました。ちょうど、ゴールデン・リトリーバーが出産したというので、4月10日に見に行きました。1994年3月14日生まれの同腹の兄弟姉妹です。手前がパスカルで、一番薄い色で、一番動き回っていました。

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4月16日に連れて帰りました。さっそく、ボール遊びです。

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4月22日、体重は3キロ、ケージで身長を計ることにしました。

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4月26日、キッチン・マットを運ぶのが日課になりました。

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4月29日、1週間でこれだけ大きくなりました。

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5月7日、体重は6キロ、ケージの高さと同じくらいになりました。

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5月8日、庭に出して遊ばせはじめました。15日には第1回のワクチン接種を受けました。

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6月10日です。体重は14キロ、子供から少年になっています。遊び盛りです。

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札幌に転勤するまで、ずっと関西に住んでいましたので、犬を飼うのは屋外で、という考えしかありませんでした。一応、獣医に札幌の屋外で犬を飼育するのは大丈夫かと聞いたのですが、まったく問題ない、ということだったので、庭にパスカルの家を作りました。

6月21日、体重16キロ、屋外生活が始まりました。しばらくは鳴き声が続きましたが、我慢しました。気温は最低10度、最高16度くらいでした。
夜はいつも数時間、室内に入れて遊びましたが、寝る時間には戻ってもらいます。

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7月6日、体重は18.5キロ。土日は昼間に庭でよく遊びました。

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7月22日、体重は22キロ。皮のホネッコをかじっています。消化にはあまりよくないようですが、食べるというよりは、全体が柔らかくなるまでかじり続けていました。大股開きの姿はこの頃まででした。

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7月23日、少年から青年になりつつあります。

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庭にしょっちゅうネコが現れます。パスカルは吠えずに、おとなしく見ています。手前のネコはオスの「カイ(やっカイのカイ)」、向こうのネコは・・・忘れました。カイとはその後もずっと付き合うことになりました。

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とうとう、ネコたちを家の中に入れてしまいました。

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8月7日です。体重は23キロ、青年の顔つきになってきました。乳歯が抜けて、永久歯を確認しました。この頃はまだまだ鼻が真っ黒です。

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9月18日、屋外のハウスにもすっかり慣れて、ブラッシングもゆったりと受けます。

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11月25日、体重は30キロを超えました。久しぶりに無理矢理、ケージに入ってもらいました。8カ月で、ここまで大きくなりました。

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1995年1月16日の夜、かなりの雪が降っています。パスカルは大喜びです。

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雪に潜っています。パスカルのハウスは戸外ですが、屋根があるので、雪遊びはできません。

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19995年7月2日です。庭で水遊びです。パスカルは水も大好きなので、ホースを向けると踊り回ります。あとはシャンプーをすることになります。シャンプーは家の浴室でやっていました。

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1995年9月ころ、通いネコのカイがパスカルと一緒にくつろいでいるのを見るようになりました。パスカルは静かに遊んでいたようで、これまでは気がつきませんでした。
当時の日誌を見ると、カイが動けなくなっていて、獣医に連れて行くと、股関節脱臼だ、という事件がありました。パスカルに踏まれたのだろうと思います。でも、カイは自然治癒しました。

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10月、大きいホネッコをくわえて楽しんでいるパスカルです。

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1996年5月、2歳になって、成犬らしさを撮影しました。体重は36キロです。

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いつも夕食後はパスカルとカイを一緒に室内に入れるようになりました。仲良くしています。
この時代、パスカルにはフィラリア薬を与えていましたが、カイのノミやダニなどは気にしていませんでした。特に被害の記憶もありません。

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12月24日、クリスマス・イブです。時計が写っていて、午後7時10分ですね。気温はマイナス2度くらいで、雪は積もっていますが、特に寒くはありません。これから室内に入ります。昨年に、雨・雪対策のちゃんとしたガラス屋根を取り付けてもらいました。

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通いネコのカイがお帰りです。どこにねぐらがあるのかは知りません。

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1996年1月となりました。パリで買った超特大のホネッコをやってみましたが、カチカチで歯によくないのがわかって、すぐに取り上げました。もう、大股開きが苦しくなっています。

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カイとは家の中でも楽しんでいます。

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テコとパスカル 大阪へ

2012年5月11日、長く住んだ札幌を離れて大阪に移住する日がやってきました。
テコとパスカルも同じ飛行機に乗ります。

パスカルは千歳空港で、航空会社提供の大型ケージに入りました。

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テコは家から手持ちのケージに入っています。

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搭乗口に向かう途中からの遠目ですが、パスカルはまだチェックイン・カウンターにいます。どちらもおとなしくしていて、安心しました。

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関空到着で、パスカルのケージが降ろされてきました。

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やって来たパスカルは元気です。

テコは網もかぶっていました。

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少し怖がっていましたが、元気です。

無事に大阪到着となりました。