2017年2月4日
1月23日、文楽劇場新春公演の「染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)」を観てきました。お染久松の心中話は昔から知っていましたが、人形浄瑠璃として三作もあるとは知りませんでした。
お染久松と言えば「野崎村」という短絡連想で、切符を予約した11月下旬に初めて野崎観音(慈眼寺)を訪ねました。
ウィークデイの夕方という時間帯で誰もいませんでした。
お染久松の墓があります。
誰もいない茶店風の床几の上に猫が数匹ゆっくり休んでいました。
この2匹が親子かどうかはわかりません。この子猫は他の猫にも受け入れられているようで、すべて同系統の雰囲気がありました。門の前にもいます。左側の灯籠の下です。
後で調べたら、お染久松を題材にした浄瑠璃は、最初が紀海音による「お染久松袂の白しぼり(おそめひさまつたもとのしらしぼり)」で1710年、二作目が今回観た菅専助による「染模様妹背門松」で1767年、三作目が近松半二による「新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)」で1780年となっています。1710年には歌舞伎でも上演されているそうです。
事件の真相はよくわかりませんでした。1710年の正月に大坂の油問屋・質店の娘・染と野崎村出身の奉公人・久松との道ならぬ恋の情死があったのは事実のようですが、詳しいことは分からず、文化デジタルライブラリーには、当時の尾張藩士の日記に「主人の娘そめと主の油細工所にて心中刃死」とある、とのことが同時代記録として最も信憑性が高い、という程度でした。
染模様妹背門松には野崎が出てきません。すべて大坂の油店・質店での場面です。ちょっと残念でした。それに、空席が目立ちました。後ろのほうはあまり座っていない状態でした。たぶん、もう新春公演も終わる時期だし、午前から始まる第一部が楽しそうで、そちらが中心になったのでしょうね。
「油店の段」は序章らしい構成でした。この段はチャリ場と呼ばれているそうで、太夫が即興?で最近の話題を取り入れながら、おもしろおかしく語ります。まあ、PPAPとか、広島-阪神とか、あまり旬とは言えないな、という話題もありましたけど。
それより、善六という悪玉の人形を操る桐竹勘十郎のなかなかの役者振りの顔を見ているのが楽しいものでした。吉田簑助、吉田玉男、桐竹勘十郎らのベテランが登場するとかなりの拍手が湧きます。でも、太夫がくるりと回って出て来た時や、担当が終わった時の拍手はいい感じですが、悪役の人形が登場してきて拍手というのは合わない気はします。
最後の「蔵前の段」は原作では心中に進む舞台です。しかし、今回の公演では、昭和35年に三味線の野澤松之輔(多才な人だったそうです)が改変した結末すなわち、蔵の内外で縊死するのではなく、蔵の鍵が開けられて、二人が逃げていくという話になっています。これは新春公演で心中物を上演することによる選択なのでしょうが、どんなものでしょうね。
お染久松は16歳くらいとされています。今なら高校2年生です。浄瑠璃を聴きながら、宮本輝の「夢見通りの人々」を思い出していました。夢見通りの人々では、同じ年頃の哲太郎と理恵による「道ならぬ?」恋の道行がありますが、さすがに現代の結末は心中などにはならず、理恵のなかなか見事な処世の姿が描かれています。
逃避行に改変されたお染久松の行く末はどうなるのでしょうか。




