11月6日、11月文楽公演の第1部(午前の部)蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)と桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)を観てきました。
1回ロビーに掲げられた看板です。右側2つが午前の部、左側2つが午後の部です。
午後の部の「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」も興味はありましたが、少ししんどい気分だったので、今回はパスしました。
いつもの鑑賞セットです。
2階のロビーに、三味線・鶴澤寛治逝去の案内が置かれていました。訃報は新聞で読んでいました。前回の公演「新版歌祭文」で聴いたのが最後になりました。
蘆屋道満大内鑑は観たかった演目で、玉藻前曦袂の記事で書いていた信太森が舞台になります。古浄瑠璃の「信太妻」を元に、竹田出雲が作り直したそうで、全5段(あるいは4段)で、陰陽師たちのヘゲモニー争いの話になっていますが、安倍晴明と対抗する蘆屋道満が大内鑑(内裏でのお手本)となっている筋書きに変わっているようです。
近年では浄瑠璃も歌舞伎も、父の安部保名(やすな)と母の信太狐から生まれた晴明の幼少時の段だけが演じられるそうで、蘆屋道満は出てこず、外題とは関係なくなり、歌舞伎では単に「葛の葉」と称されているそうですね。
以前に古浄瑠璃(説経節)の信太妻を読んでいて、最初から最後まで、安部保名と石川悪右衛門たちの血を見る斬り合いばかりの感がありました。それでも、蘆屋道満(石川悪右衛門の兄)が安倍晴明に呪術で負けるまでのストーリーはわかりやすく、一条戻橋で斬殺された保名を復元蘇生させるなど、晴明の伝説を作り上げた陰陽師たちの宣伝が説経節によって人口に膾炙したことがよくわかります。
葛の葉子別れの段は、古浄瑠璃では子供(童子丸=晴明)に狐の姿を見られて去って行くことになっていますが、竹田出雲の脚色では、実の「葛の葉」が両親と一緒に現れて、それを知った狐の葛の葉が子供と別れて和泉に戻るという設定になっています。話をふくらませたようですが、何年も音沙汰なしで離れていた実の葛の葉が葛藤の感もなく、童子丸を抱いたら、乳がないと言われて乳母を探そうとするのはちょっと短絡的な印象でした。
信田森二人奴(やっこ)の段も竹田出雲の追加演出で、与勘平(よかんべい:保名の家来)と野干平(やかんべい:狐が化けた与勘平)という奴が出てきます。この奴が最初の三人遣いだったと言われているようですが、異論もあるようですね。現代では三人遣いが当たり前の姿で、その昔の遣い方がイメージできませんが、小さな人形の一人遣いと同じような動きだったのでしょうね。違いを見せてもらう鑑賞教室もあったようです。
この場面は背景が舞台一杯の巨大な神社になっています。この背景を見ると、この話の舞台が信田丘陵の裾野にある葛葉稲荷神社ではなくて、丘の上にある聖神社(信田大明神神社)であることがわかります。
後日、台風21号による被害が残っている聖神社を訪ねました。本殿が囲われているのは去年から始まった屋根修理だそうです。森が残る周囲は台風被害がよくわかりました。
葛葉稲荷神社は聖神社の分社で始まったそうで、江戸期に信太妻の舞台とされるまでにはいろいろな状況があったようです。異類婚姻談には、折口信夫を初めとする文献を読むとなかなか深くて複雑な世界が広がっているようですね。
この有名な演目を観たのは、いつものように初めてですが、ほんの一部であり、どうも古浄瑠璃「信太妻」の筋書きが頭にあって、気持ちはあいまいなままで続きました。こういう場合はいつも全段省略なしで観る機会があれば嬉しいと思うのですが、むずかしいのでしょうね。
桂川連理柵はそれほど興味を持てずに鑑賞していましたが、勘十郎の遣う「お半」はきれいでした。



