7月25日、夏休み文楽特別公演です。ちょうど天神祭の本宮の日で、大阪の予想最高気温は38度でした。外気温が高いだけに、地下鉄も文楽劇場も冷房がとても豪勢で、長袖のシャツを持って行くべきでした。
第1部は「親子劇場」で午前11時開演、第2部は「名作劇場」で午後2時開演、第3部は「サマーレイトショー」で午後6時15分開演です。
今回は第2部の卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)と大塔宮曦鎧(おおとうのみやあさひのよろい)を観ました。来週は第3部を予約しています。
名作劇場と名付けられているように、いずれも派手さはありませんが、愛する人を失うことに至るストーリーです。卅三間堂棟由来は信田狐(芦屋道満大内鑑)と同様の異類婚姻譚の破局、大塔宮曦鎧は菅原伝授手習鑑や玉藻前曦袂などと同様の身替わりの我が子(今回は孫)殺しで、状況は異なりますが、いろいろと考えが広がる作品でした。
卅三間堂棟由来は熊野の山中で連理の枝を交わしていた二本の木、梛(なぎ)と柳が夫婦(平太郎とお柳)となった話です。この連理の枝が修行の妨げになるという理由で切った蓮華王坊は白河法皇(後白河上皇のことでしょうね)に生まれ変わり、白河法皇が頭痛を持ったのは蓮華王坊の髑髏が柳に留まっているから、ということで、柳の古木は切り倒されることになります。
平太郎(へいたろう=吉田玉男)は梛の生まれ変わり、その平太郎を柳の精であるお柳(りゅう=吉田和生)が慕って夫婦となって子供をもうけたものの、柳が伐採されたために、お柳は消えていくことになり、その柳の古木は卅三間堂の棟木になります。
前世が樹木、あるいは樹木の精という話は世界的にあるようで、枝が癒着した連理の木は中国・日本で古くから夫婦の象徴とみなされていたそうですね。梛は熊野信仰の神木ですが、柳というのはよくわかりません。柔らかいので、棟木・梁には向かない気がします。
それはともかく、「平太郎住家(へいたろうすみか)より木遣り音頭(きやりおんど)」という段のみでしたが、元来は「祇園女御九重錦(ぎおんにょうごここのえにしき)」の一部で、平太郎住家だけを卅三間堂棟由来という外題で上演するようになったそうです。妻であり母である「お柳」が消える場面での人形の変更があったくらいで、派手な演出はありません。
最後に、伐採された柳の幹が大人の曳き手でも動かなくなったとき、平太郎が歌う木遣り音頭で子供の緑丸(5歳)が曳くと動き出します。緑丸は大木が母だと知ることになり、父子で母を見送ることになります。
今回の上演は「和田四郎」という悪者が出てくる版で、原作だそうです。鑑賞ガイドには「これにより物語はさらに複雑になりますが、時代物らしい量感が出ることでしょう。」とあります。和田四郎は平太郎の母を殺すのですが、でも、それが意味のあるストーリーの幅になったかについては疑問に思いました。上演ではカットすることが多いようだと聞いたので、そうだろうな、という気分です。まあ、この段を観ただけの印象なので、祇園女御九重錦の全段を観ると違うのかもしれません。
二つめの大塔宮曦鎧は竹田出雲の初作、松田和吉らとの合作で晩年の近松門左衛門が添削したそうです。近松や紀海音が晩年になってからは多くが合作になったようですね。この演目は明治25年以来上演されておらず、全五段のうち、今回上演された「六波羅館の段」と「身替り音頭の段」が三味線の野澤錦糸によって平成22年に復曲、平成25年に復活上演されたそうです。舞台写真も録音も残っていない演目を復曲・復活するのは大変そうですね。
観るのはこれも初めてなので、「六波羅館の段」に至るまでの筋だけを事前に調べておきました。太平記に出てくる話題を脚色したそうで、とても複雑で長いストーリーです。
六波羅館の段では、隠岐に流された後醍醐天皇の皇子・大塔宮は行方知れず、その若宮と母である三位の局は六波羅方の永井右馬頭宣明に監禁されています。そして、三位の局は六波羅の守護職・常磐駿河守範貞の横恋慕を受けていて、切籠灯籠を贈答歌のように送ってごまかしています。
永井右馬頭の妻・花園は三位の局が送ってきた切籠灯籠を色よい返事と解釈しますが、そこに無骨な侍、斎藤太郎左衛門が呼ばれ、灯籠が示す真意は逆であると看破したため、常磐駿河守範貞の怒りで若宮の命が太郎左衛門に委ねられます。
身替り音頭の段では、永井右馬頭の屋敷で若宮を慰めるための盆踊りが毎晩行われていて、そこに太郎左衛門が若宮の首を打ちに来ます。右馬頭と花園は自分たちの息子・鶴千代を身替りにしようとしますが、太郎左衛門が打ったのは自分の孫・力若丸だったのです。
その理由は観劇後の現在でも理解できないでいます。六波羅館の段の前で、太郎左衛門の娘と婿が大塔宮に与していて、太郎左衛門も大塔宮に与するように説得しますが、太郎左衛門は拒否して婿は自害、娘は六波羅方に討たれていました。そのことから、太郎左衛門は力若丸の首を若宮として差し出せば、それは力若丸の手柄であり、両親の無念を晴らすことになるというのです。この発想の筋道は江戸期の人には理解できたのでしょうが、私にはわかりませんでした。
また、この段では六波羅方の侍たちがすべて大塔宮の味方となってしまったようで、とても混乱しました。このあたりを含めて、日本芸術文化振興会のHPにある「国立劇場あぜくら会」の平成24年のイベントレポート『竹本文字久大夫さん、野澤錦糸さんを迎えて、「復曲素浄瑠璃を聞く会」を開催いたしました。』がとても興味深く、参考になりました。
この演目で気に入ったのは、身替り音頭の段での子供たちの踊りでした。子供たちが花笠をかぶって阿波踊りを連想させるような手振りで出てきたとき、人形とは思えない動きでびっくりしました。8人ほどの輪の中に三人遣いの人形が三人(若宮、鶴千代、力若)、他は黒衣の一人遣いです。少し照明が落とされた中ですばらしい動きの人形たちでした。
来週も楽しみです。暑さが普通の真夏になるようですし。
